歌舞伎を観ていると、役者が舞台で見得(みえ)を決めた瞬間、客席から
「成田屋!」
「音羽屋!」
という声が飛ぶことがあります。
これが歌舞伎独特の文化である大向う(おおむこう)の掛け声です。
「あの声は何?」
「自分も声をかけていいの?」
と思う方も多いかもしれません。
ただ、最初に知っておきたいのは、歌舞伎は必ず掛け声をかけなければ楽しめないものではないということです。
大向うは歌舞伎の魅力のひとつですが、静かに舞台を味わうことも、立派な楽しみ方です。
この記事では、大向うの意味や屋号、掛け声のタイミング、初心者が知っておきたいマナーを紹介します。
大向うとは?
大向うとは、もともと劇場の後方にある客席を指す言葉です。
昔、後方の席にいた歌舞伎通の観客が、舞台に向かって役者へ声をかけたことから、現在の「大向う」という文化につながりました。
江戸時代から続く習慣で、役者と客席が一体となって舞台を盛り上げる、歌舞伎ならではの楽しみ方です。
歌舞伎座などでは、役者が決める場面で
「成田屋!」
「中村屋!」
といった声が入り、劇場全体の空気が一気に盛り上がることがあります。
ただし現在では、大向うは歌舞伎に詳しい人や大向うの会に所属する人などが担うことも多く、観客全員が必ず声を出すものではありません。
掛け声の中心は「屋号」
大向うで最も多い掛け声が、役者の屋号(やごう)です。
屋号とは、歌舞伎役者の家や芸の系譜を表す特別な呼び名です。
一般的な苗字とは違い、舞台上では本名ではなく屋号で呼ぶのが伝統になっています。
例えば、
- 市川團十郎 → 成田屋
- 尾上菊五郎 → 音羽屋
- 松本幸四郎 → 高麗屋
というように呼びます。
屋号には、それぞれの家の歴史や芸の流れが込められています。
代表的な屋号一覧
| 屋号 | 読み | 主な役者 |
|---|---|---|
| 成田屋 | なりたや | 市川團十郎 |
| 音羽屋 | おとわや | 尾上菊五郎、尾上菊之助 |
| 高麗屋 | こうらいや | 松本幸四郎、市川染五郎 |
| 播磨屋 | はりまや | 中村歌六、中村吉右衛門(故) |
| 中村屋 | なかむらや | 中村勘九郎、中村七之助 |
| 成駒屋 | なりこまや | 中村芝翫、中村橋之助 |
| 大和屋 | やまとや | 坂東玉三郎 |
| 澤瀉屋 | おもだかや | 市川猿之助、市川中車 |
| 京屋 | きょうや | 中村雀右衛門 |
| 加賀屋 | かがや | 中村梅玉 |
| 紀伊国屋 | きのくにや | 坂東彌十郎 |
屋号以外の特別な掛け声
大向うには屋号以外にも、特別な呼び方があります。
「ご両人」
二人の役者が同時に見得を切るなど、二人に向けて使われる掛け声です。
掛け声をかけるタイミング
大向うは、いつでも声を出せばいいわけではありません。
大切なのは、舞台の邪魔をせず、盛り上がる瞬間を選ぶことです。
見得を切った直後
最も代表的なタイミングです。
役者が動きを止め、顔や姿勢で感情を表現する「見得」。
その決まった瞬間の余韻に合わせて、
「○○屋!」
という声が入ります。
花道の登場・退場
花道から主役が登場するときや、最後に引っ込む場面でも掛け声があります。
特に花道の途中にある「七三(しちさん)」と呼ばれる場所は、役者が立ち止まり見せ場を作る重要な位置です。
名台詞や名場面の後
観客が待っていた名台詞や、盛り上がる場面の後に声がかかることもあります。
ただし、演目や役者を知らない状態で無理にタイミングを狙う必要はありません。
初心者は無理に声を出さなくても大丈夫
初めて歌舞伎を観る方の中には、
「声をかけないと楽しめないのかな?」
と思う方もいます。
しかし、そんなことはありません。
歌舞伎の魅力は、
- 役者の表情
- 見得の迫力
- 台詞の間
- 衣裳や舞台装置
- 音楽や三味線
など、さまざまなところにあります。
むしろ、役者や屋号をよく知らない状態で無理に声を出すと、違う役者に向けた掛け声になってしまうこともあります。
まずは舞台をじっくり楽しみ、周囲の掛け声を聞くところから始めるのがおすすめです。
掛け声をするときのマナー
もし慣れてきて掛け声をしてみたい場合は、以下を意識しましょう。
台詞の途中ではかけない
役者の大切な台詞を遮ってしまいます。
必ず「間」のある瞬間に。
何度も連続して叫ばない
大向うは目立つためではなく、舞台を盛り上げるためのものです。
ここぞという場面で一声かけるのが粋とされています。
屋号を確認する
出演者の屋号を事前に確認しておくと安心です。
公演プログラム(筋書き)を見ると、出演者や役柄を確認できます。
まとめ
- 大向うとは、歌舞伎で舞台に向けてかける伝統的な掛け声
- 掛け声の中心は役者の「屋号」
- 代表的なタイミングは見得の直後や花道の見せ場
- 初心者が無理に声を出す必要はない
- まずは舞台の空気や役者の演技を楽しむことが大切
大向うは、歌舞伎ならではの客席と舞台をつなぐ素敵な文化です。
ただ、歌舞伎の楽しみ方に正解はありません。
声をかける人も、静かに見守る人も、それぞれの形で舞台を楽しめるのが歌舞伎の魅力です。




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