廓文章 吉田屋(くるわぶんしょう よしだや) 概要
大坂新町の遊女・扇屋夕霧と豪商の若旦那・藤屋伊左衛門との情話を描いた近松門左衛門の作品『夕霧阿波鳴渡』吉田屋の段を改作したものです。
夕霧は実在の遊女で、才色兼備で大変人気がありました。
1678年に若くして亡くなると、大坂中がその死を悼んだといわれています。
翌月には『夕霧名残の正月』など、多くの「夕霧もの」が上演されました。
『廓文章』はその代表作で、現在でも繰り返し上演される人気演目です。
放蕩の末に勘当された藤屋の若旦那・伊左衛門は、恋人の夕霧が病に伏せていると聞き、落ちぶれた身も顧みず大坂新町の吉田屋へ駆けつけます。
主人・喜左衛門夫婦の好意で夕霧には会えましたが、伊左衛門は嫉妬からすねてつらく当たり、二人は痴話喧嘩をしてしまいます。
ようやく仲直りした二人のもとに届いた知らせとは。
廓文章 吉田屋 あらすじ
吉田屋の格子先
暮れの吉田屋ではお正月の準備として餅つきをしています。
そこへお大尽が現れ、「夕霧を連れて来い」と駄々をこねます。
夕霧を連れてくるためには“花”が必要と言われますが、花とは梅の花ではなく小判のこと。
お大尽は景気よく小判を遣わせ、お餅をついたりお金をばらまいたりしながら、華やかに振る舞っています。
伊左衛門の出
赤茶けた編笠に紙衣という寒々しい姿の男が現れ、吉田屋の主人に会いたいと言います。
しかし店の者たちは「みすぼらしい者が来るところではない」と寄ってたかって打ったり叩いたりします。
そこへ出先から戻った吉田屋の主人・喜左衛門が編笠の中を覗くと、それは藤屋の若旦那・伊左衛門でした。
喜左衛門は慌てて丁重に座敷に迎え入れます。
奥座敷
伊左衛門は大坂きっての豪商・藤屋の跡取り息子ですが、遊女夕霧太夫と深い仲で、店の銀七百貫目を使い込んで勘当され、今は文無しで流浪の身となっています。
夕霧が勘当された伊左衛門を心配するあまり病に伏せているとの噂を聞き、零落の身も省みず吉田屋へやって来ました。
喜左衛門は伊左衛門をいたわり、自分の羽織を着せかけます。女将のおきさも挨拶に出て再会を喜びますが、肝心の夕霧の話題が出ず、伊左衛門は良からぬことを想像して涙ぐみます。
千畳敷
夕霧がこの店にいると聞き、いてもたってもいられず千畳敷の座敷へ駆け出していきます。
やがて戻ってきた伊左衛門は、夕霧が別の座敷に出ていると知ってご機嫌斜めに。
喜左衛門夫婦も手を焼く中、床飾りに繭玉や正月の飾りつけが整った座敷で、伊左衛門は夕霧を不誠実だと拗ねたり恨んだり、一人で悪態をつきまくります。
最後にはコタツにもぐって狸寝入りを決め込むしまつ。
口舌
病鉢巻姿の夕霧がようやく座敷に現れ、二人はやっと再会を果たします。しかし、拗ねまくりの伊左衛門の口舌が始まります。
夕霧は涙をこぼしながら、去年の暮れから丸一年、二年越しで伊左衛門が訪れなかったために、この病に伏せてしまったと嘆くと、疑いも解け、二人はすっかりもとの熱愛同士に戻ります。
千両箱の出
やがて座敷に運び込まれてきたのは千両箱の山。
伊左衛門の実家・藤屋が勘当を許し、夕霧を身請けさせるという嬉しい知らせが届いたのです。
その身請けの金が積まれるたび、座敷はまばゆいばかりの光と祝福に包まれます。
明日の正月を前に、喜びに沸く吉田屋の座敷でした。
主な登場人物
藤屋伊左衛門【ふじやいざえもん】
夕霧の恋人で、豪商・藤屋の若旦那です。
かつて羽振りのいい生活をしていましたが、放蕩を咎められて親に勘当され、七百貫目の借金を背負って行方知れずとなります。
暮れも押し迫ったある日、夕霧が病気になったと聞き、落魄の身ながらかつてよく遊びに来ていた吉田屋を訪ねます。
夕霧【ゆうぎり】
大坂新町の廓の太夫で、遊女ながら格式が高く、才色兼備で名高い美女です。
伊左衛門とは結婚を約束している間柄ですが、伊左衛門が勘当され行方不明になったことで思い詰め、病に伏してしまいます。
吉田屋喜左衛門【よしだやきざえもん】
新町の揚屋の主で、勘当された伊左衛門や病気になった夕霧を案ずる心優しい人物です。
おきさ
吉田屋の女将で、夫・喜左衛門とともに、伊左衛門や夕霧のことを心配しています。
廓文章 吉田屋 みどころ
伊左衛門のいで立ち
紙衣をまとい、花道から登場する伊左衛門。
勘当され落ちぶれた境遇ながら、もともといいとこのお坊ちゃんなので貧相には見えず、微妙な豪奢さとみすぼらしさが同居する姿は、観客の目を引きます。
伊左衛門の落魄ぶりと可笑しさ
勘当され落ちぶれた身で登場する伊左衛門ですが、嫉妬や拗ねぶり、狸寝入りなど、子どもっぽい振る舞いが喜劇的に描かれ、観客の笑いを誘います。
夕霧との再会のドラマ
病鉢巻姿の夕霧との再会場面では、涙や口舌を通して二人の愛情や絆の深さが描かれます。
拗ねて悪態をつく伊左衛門と、涙をこぼしながら一途な思いを訴える夕霧——対照的な二人の姿が、かえって互いへの深い愛情を浮かび上がらせます。
痴話喧嘩が和解へと転じる瞬間の温かさが、この場面最大の見どころです。
身請けと千両箱による大団円
藤屋の勘当許しと夕霧の身請け、座敷に積まれる千両箱の描写は、華やかで祝祭的なクライマックス。観客は正月を前にした吉田屋の喜びと祝いの熱気を存分に味わえます。
人情と喜劇の絶妙なバランス
豪華な座敷や祝いの場面の華やかさと、伊左衛門の拗ねぶりや痴話喧嘩などの可笑しさ、人情味あふれる喜左衛門夫妻の描写が絶妙に混ざり合い、観劇としての楽しさと感動が両立しています。

上方歌舞伎の柔らかく華やかな芸風、お正月にふさわしいめでたい大団円
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廓文章 吉田屋 歴代の名優たち
廓文章 吉田屋は上方歌舞伎の代表的な演目であり、伊左衛門の役は片岡仁左衛門の当たり役として知られています。
仁左衛門の伊左衛門は、落ちぶれた境遇の哀愁と若旦那らしい品の良さ、そして嫉妬や拗ねぶりの可笑しさが絶妙に同居しており、「当代随一の伊左衛門」と高く評価されています。
夕霧には坂東玉三郎が多く相手を務め、仁左衛門・玉三郎のコンビによる廓文章は歌舞伎ファンの間で「ニザ・タマ」として熱烈な支持を集めています。病鉢巻をつけた玉三郎の夕霧は、可憐さと気品を兼ね備え、伊左衛門との痴話喧嘩の場面でも品格を失わない演技が絶賛されています
廓文章 吉田屋と上方歌舞伎
廓文章 吉田屋は上方歌舞伎(かみがたかぶき)を代表する演目のひとつです。
江戸歌舞伎が荒事・義理・勇壮さを重視するのに対し、上方歌舞伎は和事(わごと)と呼ばれる柔らかく繊細な芸風が特徴です。伊左衛門はその和事の典型的な役であり、強さよりも色気・哀愁・可笑しさで観客を惹きつけます。
また、舞台が大坂新町(新町廓)という実在の花街であること、夕霧が実在した遊女であることも、この演目に独特のリアリティを与えています。正月の吉田屋を舞台にした華やかな設定と、めでたい大団円は、お正月狂言としても長く愛されてきた理由のひとつです。






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