「いやさお富、久しぶりだなあ」
歌舞伎の名台詞として広く知られるこの一言が飛び出すのが、「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の最大の見せ場——「源氏店(げんじだな)の場」です。
3年前、木更津の海岸で一目ぼれし、密会が発覚して全身を切り刻まれた与三郎。
死んだはずのお富が、何食わぬ顔で妾暮らしをしている——。
恨み、驚き、それでも消えない未練。
複雑な感情が交錯するこの場面は、歌舞伎入門にも最適な、圧倒的な見応えのある名場面です。
この記事では、観劇前に知っておきたい「源氏店の場」のあらすじ・登場人物・名台詞・見どころを徹底解説します。
この場面の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場面の位置 | 三幕目(クライマックス) |
| 舞台 | 相模国(現在の神奈川県)鎌倉・源氏店 |
| 主な登場人物 | お富、与三郎、蝙蝠安、藤八、和泉屋多左衛門 |
| この場面のテーマ | 3年後の再会・恨みと人情・どんでん返し |
| 上演頻度 | 「木更津海岸見染」とセットで上演されることが多い |
「源氏店」とはどんな場所か
源氏店(げんじだな)は、現在の東京・日本橋人形町の一部にあたる実在した地名です。
江戸幕府・三代将軍徳川家光のお抱え医だった岡本玄冶(げんや)の屋敷があったことから「玄冶店」とも書かれます(正式表記は「玄冶店」)。
当時は妾宅(めかけたく)が似合う、粋な雰囲気の街として知られていました。
お富が囲われて暮らすのに、これ以上ない舞台装置といえます。
登場人物の紹介
お富(おとみ)
3年前、木更津で与三郎と恋に落ち、発覚して海へ身を投げたはずの女。
しかし偶然に助けられ、今は鎌倉・源氏店で和泉屋の番頭・多左衛門の妾として何不自由ない暮らしを送っています。
気っ風のよさと色気は健在。
突然現れた与三郎に動揺しながらも、啖呵を切って応じる強さを持っています。
伊豆屋与三郎(いずやよさぶろう)
木更津での一件から3年。
生死の境をさまよいながら生き延びたものの、全身に刻まれた傷跡が残る身となりました。
今は蝙蝠安の相棒として、その傷跡を元手にゆすりを働く日々。
かつての江戸前の洗練はどこへやら、すっかりやさぐれた男になっています。
それでも——お富を前にしたとき、ただの小悪党ではいられなくなります。
蝙蝠の安五郎(こうもりのやすごろう)
右頬に蝙蝠の入れ墨があることから「蝙蝠安(こうもりやす)」と呼ばれる小悪党。
与三郎の相棒として、傷の養生代をたかりにお富のもとへやってきます。
憎めないキャラクターで、緊張する場面に笑いを差し込む重要な役どころ。
また、和泉屋に出入りしていた父を持つため、多左衛門の顔を見ると途端に縮みあがる小心者でもあります。
藤八(とうはち)
和泉屋の二番番頭。
お富に密かに思いを寄せており、雨宿りにかこつけて家に上がり込む図々しさを発揮します。
蝙蝠安と与三郎が乗り込んできた際、粋がって追い返そうとしますが、中途半端な金額を渡してかえって話をこじらせてしまいます。
和泉屋多左衛門(いずみやたざえもん)
鎌倉の大きな質屋・和泉屋の一番番頭。
3年前、海に身を投げたお富を偶然救い出し、妾として面倒を見ています。
落ち着き払った器の大きい人物で、与三郎たちのゆすりも動じることなくさばきます。
なぜ妾でありながら男女の仲にならないのか——その理由が、この場面の最後に明かされます。
あらすじ:3年後の再会
雨の夜、お富の帰宅
雨の降る夜。
湯屋から帰ってきたのはお富です。
源氏店の妾宅で暮らすお富は、今や何不自由ない身の上。
和泉屋の番頭・藤八が軒先で雨宿りをしているのを見かけ、家に招き入れます。
藤八はお富に気があるのか、図々しくも「おしろいをつけてほしい」などと言い出す始末。
お富は気ままに藤八の相手をして退屈をしのいでいます。
蝙蝠安の登場——ゆすりの始まり
そこへ招かれざる客がやってきます。
蝙蝠安です。
「傷だらけの友人の養生代をくれ」と強請(ゆす)りにきたのです。
門口で待っている「傷だらけの友人」——それが与三郎でした。
最初、お富は突っぱねます。
しかし押し問答が続くと、面倒になってきた。
「立派な亭主のある体だ」と啖呵を切りながら、一分(いちぶ・一両の四分の一にあたる銀貨)を投げてやります。
蝙蝠安は有り難く受け取って引き下がろうとします。
しかしそのとき——それまで黙っていた与三郎が、安を押し止めました。
「いやさお富、久しぶりだなあ」——再会の瞬間
与三郎はゆっくりとお富に向き直り、近づきながら声をかけます。
「おかみさんへ……お富さんへ……いやさお富、久しぶりだなあ」
「そういうお前は」と問いかけるお富に、「与三郎だ」と名乗る。
そして手拭いで隠していた顔を見せ、着物の袖をまくって——全身に刻まれた34箇所の傷を見せます。
ハッと胸に手を当てるお富。
与三郎は、ぬくぬくと暮らすお富をなじりながら、恨みつらみをぶつけます。そして有名な台詞が炸裂します。
「しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、死んだと思ったお富が生きていたとは、お釈迦様でも気が付くめえ」
さらに与三郎は、「この家のものはすべてお富の亭主である俺のものだ」と息巻き、強請りを続けます。
多左衛門の登場——場を収める大人物
そこへ和泉屋の番頭・多左衛門が帰ってきます。
蝙蝠安は、親の代から和泉屋に世話になっている身。
その顔を見た途端、縮みあがって声も出なくなります。
多左衛門は落ち着き払って与三郎に向かい、「お富を囲っているが、男女の関係はない」と言い切ります。
そして商売でも始めるようにと、与三郎に相当な金を渡して場を収めるのでした。
守り袋の秘密——どんでん返し
金を受け取った蝙蝠安と与三郎が引き上げたあと、多左衛門はお富に自分の守り袋を預けて店へ戻ります。
お富が守り袋を開けると——中には臍の緒書(ほぞのおがき)が入っていました。
そこに書かれた内容から、お富は衝撃の事実を知ります。多左衛門は、生き別れになっていたお富の実の兄だったのです。
そっと戻ってきた与三郎にこの事実を打ち明けるお富。
ふたりは多左衛門への感謝を胸に、新たな一歩を踏み出すのでした。
名台詞の解説
「いやさお富、久しぶりだなあ」
この場面で最も有名な台詞です。
「いやさ」は「いや、そうではなく」というニュアンスの江戸言葉で、言い直しながら本音をぶつけるような独特のリズムがあります。
「おかみさんへ」→「お富さんへ」→「いやさお富」と、呼びかけが段階的に変化していく点にも注目です。
他人行儀な呼び方から、かつての親しい間柄へと引き戻されていく与三郎の感情が、この呼びかけの変化に凝縮されています。
「お釈迦様でも気が付くめえ」
「死んだはずのお富が生きているとは、お釈迦様でさえ気づかなかっただろう」という意味。
与三郎の驚きと恨みをユーモアを交えて表現した名台詞で、江戸っ子らしい粋な言い回しです。
怒りの台詞でありながら笑いも含んでいる——世話物ならではの絶妙なバランスです。
「しがねえ恋の情けが仇」
「しがない(つまらない、取るに足らない)恋への情けが仇になった」という意味。
自嘲しながらも、それでも恋を否定しきれない与三郎の複雑な心情が滲み出ています。
源氏店妾宅の場より与三郎の名科白
与三郎:え、御新造(ごしんぞ)さんぇ、おかみさんぇ、お富さんぇ、いやさ、これ、お富、久しぶりだなぁ。
お富:そういうお前は。
与三郎:与三郎だ。
お富:えぇっ。
与三郎:お主(ぬし)ゃぁ、おれを見忘れたか。
お富:えええ。
与三郎:しがねぇ恋の情けが仇(あだ)
命の綱の切れたのをどう取り留めてか
木更津からめぐる月日も三年(みとせ)越し
江戸の親にやぁ勘当うけ
拠所(よんどころ)なく鎌倉の
谷七郷(やつしちごう)は喰い詰めても
面(つら)に受けたる看板の
疵(きず)が勿怪(もっけ)の幸いに
切られ与三(よそう)と異名を取り
押借(おしが)り強請(ゆす)りも習おうより
慣れた時代(じでえ)の源氏店(げんやだな)
その白化(しらば)けか黒塀(くろべぇ)に
格子造りの囲いもの
死んだと思ったお富たぁ
お釈迦さまでも気がつくめぇ
よくまぁお主(ぬし)ゃぁ 達者でいたなぁ
安やいこれじゃぁ一分(いちぶ)じゃぁ
帰(けぇ)られめぇじゃねぇか。
見どころ解説
① 与三郎の傷の見せ方
着物の袖をまくって傷を見せる場面は、この演目最大の視覚的見せ場です。
34箇所という具体的な数字がセリフで語られることで、観客の想像力が一気にかき立てられます。
役者によって傷の見せ方や間の取り方が異なり、同じ場面でも全く違う印象になります。
ここは役者の個性が最も出る瞬間のひとつです。
② 蝙蝠安というキャラクターの妙味
与三郎の恨みつらみが重くなりすぎないよう、蝙蝠安の存在が絶妙なバランスをとっています。
多左衛門を見て縮みあがる場面は笑いどころでもあり、場の緊張を和らげる役割を果たします。
「小悪党だけど憎めない」このキャラクターの存在が、源氏店の場を重すぎず軽すぎない絶妙な塩梅にしています。
③ 多左衛門の「なぜ手を出さなかったか」
囲っている妾と男女の関係にないという多左衛門の言葉は、最初は不思議に聞こえます。
しかし守り袋の秘密が明かされた瞬間、すべてが腑に落ちます。
多左衛門は最初からお富が実の妹だと知っていたのか、途中で気づいたのか——想像する余地があるのも面白いところです。
④ お富の啖呵と揺らぎ
ゆすりに来た与三郎に対し、お富は最初「立派な亭主のある体だ」と突っぱねます。
しかし与三郎の傷を目にしたとき、その表情はどう変わるのか。
台詞には出てこない心の揺らぎを、役者がどう表現するかが見どころのひとつです。
観劇前に押さえておきたいポイント
✔ 「源氏店」の地名の読み方
「げんじだな」と読みます。正式には「玄冶店(げんやだな)」。
現在の日本橋人形町にあたる実在の地名です。
✔ 与三郎はゆすりに来ているが、悪人ではない
生き延びるために小悪党になってしまっただけで、根は善人。
お富への複雑な感情がこの場面の核心です。
単純な悪役として見ないほうが、台詞の深みが伝わります。
✔ 「一分(いちぶ)」の価値
お富が投げた一分は、一両の四分の一。
現代の感覚では数万円程度。
端金(はしたがね)と受け取るか、相応の金と受け取るか——与三郎が引き下がらなかった理由のひとつです。
✔ 守り袋のどんでん返しは最後の最後に来る
多左衛門がお富の兄だったという事実が明かされるのは場面の締めくくりです。
「なぜ多左衛門はお富を囲いながら手を出さなかったのか」という謎が、最後に一気に解けます。
まとめ
「源氏店の場」は、名台詞・どんでん返し・人情の絡み合いが凝縮された、
与話情浮名横櫛の最大の見せ場です。
歌舞伎が初めてという方にも、世話物の粋と人情を存分に感じられる場面として自信を持っておすすめできます。
木更津での出会いから3年——ふたりの再会がどんな感情をもたらすのか、ぜひ劇場でその目で確かめてみてください。



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