映画『国宝』と原作小説の違い【上巻・青春篇】登場する歌舞伎演目も解説

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小説『国宝』と歌舞伎演目

映画『国宝』を観て、「原作小説も読んでみたい」と思った方へ。

この記事では、小説『国宝』上巻「青春篇」と映画版の主な違いを整理し、上巻に登場する歌舞伎演目についても解説します。
歌舞伎を知っていると、作品の奥行きがさらに広がります。

目次

映画と小説、何がどう違うのか

2025年6月に公開された映画『国宝』(李相日監督・吉沢亮主演)は、吉田修一の同名小説を原作とした作品です。
映画は興行収入170億円超えという記録的な大ヒットを収めていますが、原作小説は上下巻合わせて800ページを超える長編。
当然、映画では多くのエピソードが省かれています。

映画でカットされた「時間の積み重ね」

映画では、喜久雄が歌舞伎の世界へ飛び込んでから頭角を現すまでの過程がかなり圧縮されています。
小説の上巻では、喜久雄が稽古を重ね、舞台経験を積み、失敗し、また立ち上がるという時間の蓄積が丁寧に描かれています。
映画では「気づいたら成長している」印象があったとすれば、その背景は小説にあります。

周囲の人物の描かれ方

映画が喜久雄と俊介の関係を軸に再構成されているのに対し、小説では喜久雄を取り巻く複数の人物が独立した人生を持つ群像劇として描かれています。
幸子・春江・彰子といった女性たちのエピソードは、映画ではほとんど描かれません。

特に大きく異なるのが「徳次」の存在です。
喜久雄の幼馴染で、ヤクザ一家である喜久雄の生家の「部屋住み」として登場する人物ですが、映画では冒頭にわずかに登場するだけです。
しかし小説では、付き人として、親友として、喜久雄のそばで苦楽を共にし続けます。
「目の前の人を愛するということ」を体現する存在として、物語の大半にわたって重要な位置を占めています。
映画だけでは、徳次という人物の深さにはほぼ触れられません。

なお、小説に登場する芸妓「市駒」は、映画では「藤駒」という名前に変更されています。
国連に舞妓の労働実態を訴えた元舞妓の名前が「市駒」だったことを受けた配慮です。

映画と小説、共通する印象的なシーン

俊介が喜久雄に化粧を施すシーンは映画でも原作小説でも描かれています。
一方、喜久雄が俊介の足を自分の喉に当て、心中の意志を無言で伝える曽根崎心中の場面は映画のみです。

歌舞伎演目の違い

映画と小説では、同じ場面に使われる演目が異なるケースがあります。
物語の骨格は同じでも、どの演目を選ぶかで印象や意味合いが変わってきます。
以下の演目解説の中で、映画版・小説版の対比も合わせて紹介します。

上巻に登場する歌舞伎演目

積恋雪関扉(関扉)

小野小町と大伴黒主の対立を軸に、関守の関兵衛をめぐる怪異を描く舞踊劇です。
女形と立役が絡み合う華やかな演目で、格調の高さから大曲のひとつに数えられます。

映画・小説ともに、冒頭で喜久雄がこの演目を舞う場面に登場します。
その舞に半次郎が目を奪われ、喜久雄を大阪へ引き取るきっかけとなります。
物語全体の起点となる重要な演目です。

隅田川

母が我が子を探してさまよい歩く悲劇です。
人買いに攫われた息子の死を、隅田川の舟人から聞かされる場面が核心。
《物狂い》と呼ばれる、悲しみのあまり正気を失う表現が特徴的で、女形の大曲のひとつです。

小説では、俊介と喜久雄がともに万菊の「隅田川」を観て深い衝撃を受ける場面に登場します。
ふたりにとって芸の高みを目の当たりにした原体験であり、上巻の核心的なシーンです。
さらに、俊介が下巻で役者人生に幕を下ろす演目もこの「隅田川」です。
物語の始まりと終わりを「隅田川」が貫く構造になっています。

映画では、この場面の演目は「鷺娘」に変更されています。

二人道成寺

道成寺ものの中でも、白拍子ふたりが舞う形式の演目です。
もともと「道成寺」は女形の大曲で、長唄・常磐津・清元とさまざまな形で演じられます。
二人で舞う華やかさと、底に流れる執念の対比が見どころです。

映画・小説ともに、喜久雄と俊介が抜擢されるきっかけの演目として登場します。
舞台は四国・琴平の芝居小屋。
場末の小屋で突如大役を与えられたふたりが、この「二人道成寺」でその才能を示します。

曽根崎心中

遊女お初と醤油屋の手代・徳兵衛が、現世では結ばれないと知り、曽根崎の森へ心中に向かう物語。
近松門左衛門の原作で、義理と人情が絡み合う上方らしい世話物です。

映画・小説ともに、半次郎の代役に喜久雄が選ばれ、俊介と春江が駆け落ちするきっかけとなる演目として登場します。

また映画では、俊介と喜久雄がともに万菊の舞台を観て衝撃を受ける場面は「鷺娘」、俊介が最後に演じる演目は「曽根崎心中」が使われています(小説ではどちらも「隅田川」)。

寺子屋(菅原伝授手習鑑)

「菅原伝授手習鑑」三段目。
菅丞相に恩のある松王丸が、菅丞相の子を守るために自分の息子の首を差し出す場面を描きます。
子を犠牲にする父の「覚悟」を描いたこの演目は、歌舞伎の中でも特に重い作品のひとつです。

小説では白虎(半次郎)が病で弱りながらも松王丸を演じ続けるシーンに登場します。
衰えてもなお舞台に立ち続ける老役者の姿が、「血」と「義理」というテーマとともに描かれます。

▶寺子屋のみどころあらすじはこちらから

連獅子

親獅子と仔獅子が険しい崖から仔を突き落とし、力のある者だけを育てるという獅子の子育てをモチーフにした演目です。
長唄の名曲に乗せた豪快な毛振りが圧巻で、父と子・師と弟子の関係を描く場面によく引用されます。

小説では、白虎と半次郎のW襲名披露で演じられるはずだった演目として登場します。
しかし白虎が倒れたため、襲名は行われたものの興行なしで幻に終わります。
ふたりで舞うはずだった「連獅子」は、上巻の悲劇を象徴する演目として記憶に残ります。

藤娘

大津絵の藤の精が舞い降り、恋心を踊る舞踊の名作です。
女形の美しさをストレートに表現する演目で、一幕ものとして独立して上演されることが多い。

小説では、喜久雄がドサ回りの最中、金沢の観光ホテルの宴会場でこの「藤娘」を演じる場面に登場します。
安い照明、カセットテープから流れる長唄——そんな状況でひとり舞う喜久雄のそばには、徳次だけがいます。
歌舞伎の華やかな舞台とは遠く離れた場所で芸を続ける喜久雄の姿が、徳次との関係とともに印象的に描かれるシーンです。

有馬の猫騒動(化け猫伝説)

江戸時代に久留米藩(有馬家)の江戸屋敷で起きたとされる怪猫伝説です
殺された愛妾の怨みを晴らすため、飼い猫が化け猫となり、藩主や重臣を襲う物語を舞台にした化け猫ものです。
歌舞伎の怪談・化け猫ものの系譜に位置し、独特の妖気と様式美を持つ演目。

小説では、歌舞伎の世界を離れた俊介が見世物小屋でこの演目を演じているところを竹野に発見され、舞台への復帰を促される場面に登場します。
華やかな歌舞伎の舞台とは対極の環境で、それでも芸を続ける俊介の姿が印象的なシーンです。

歌舞伎を知っている者として

小説に登場する演目は、どれも偶然に選ばれているわけではありません。
「隅田川」が物語の始まりと終わりを貫く構造、見世物小屋でも芸を続ける俊介の「有馬の猫騒動」、宴会場でひとり舞う喜久雄の「藤娘」——歌舞伎の演目そのものの意味が、登場人物の境遇と重なるように配置されています。
歌舞伎を知っていると、吉田修一がどれだけ歌舞伎の構造を小説に織り込んでいるかが見えてきます。

まとめ

映画『国宝』で描ききれなかった上巻の世界は、小説を読むことで補完されます。
特に、喜久雄が歌舞伎と出会い、芸を磨いていく青春の時間は、映画よりもずっと濃密です。

小説を読むならAudibleのオーディオブック版もおすすめです。
現役歌舞伎役者の尾上菊之助(現菊五郎)の朗読で、演目の台詞や雰囲気がよりリアルに感じられます。

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