倭仮名在原系図 蘭平物狂(やまとがなありわらけいず らんぺいものぐるい)とは|作品概要
蘭平物狂(らんぺいものぐるい)は、本名題を『倭仮名在原系図(やまとがな ありわらけいず)』という作品です。
題名に「系図」とあるとおり物語の根底には、平安時代初期における皇位継承をめぐる御位争いという大きな政治的背景が横たわっています。
全体の筋立てはきわめて複雑で、登場人物それぞれの立場や目的が錯綜し、物語は幾重にも仕掛けられたどんでん返しによって進んでいきます。
「実はこうだった」と明かされた真相が、さらにその先で否定され
また新たな真実が現れるという構造が連続し、観る者の予想を次々と裏切る点が大きな特色です。
本来は全五段から成る大作ですが、現在まで通して伝わっているのは第四段にあたる
「行平館」と「奥庭」の二場のみです。
今日ではこの二場をまとめ、通称である「蘭平物狂」の題名で上演されることが多い。
この演目最大の魅力は、人物の素性や思惑が次々に明かされる一方で、それすらもまた虚構であったと覆される、巧妙な構成にある。
観客は真相にたどり着いたと思った瞬間、再び裏切られ、物語の深部へと引き込まれていきます。
さらに終盤では、息をのむほどの大掛かりな立廻りが展開され、知略と剣戟が一体となった見せ場が連続する。
複雑な陰謀劇とスリリングな展開を併せ持つ点で、「歌舞伎版スパイ映画」とも言える魅力に満ちた演目なのです。
蘭平物狂(らんぺいものぐるい)あらすじ
在原行平館の場
在原行平は須磨に流されていたが、罪を許されて都へ戻ってきました。
しかし須磨で恋に落ちた海女・松風のことが忘れられず、気鬱な日々を送っています。
奥方の水無瀬御前は、行平を慰めようと、家臣の蘭平に命じて松風にそっくりな女・おりくを連れてこさせます。
蘭平はおりくとその夫・与茂作(よもさく)を伴って帰京するが、おりくは行平をうまく欺けるか不安を抱いています。
蘭平と与茂作は「何を言われても『はいはい、左様左様』と答えればよい」と言い含めます。
やがて奥から姿を現した行平は、おりくをすっかり松風と思い込み、そばへ呼び寄せます。
その折、曲者が逃げ出したとの知らせが入り、行平は蘭平の息子・繁蔵に捕縛を命じる。
蘭平はなぜ自分でなく繁蔵なのかと不満を訴えるが、実は蘭平には「刀を見ると乱心する」という奇病があるため、行平は彼を外したのでした。
繁蔵は勇んで捕り物に向かい、蘭平はその後ろ姿を不安げに見送る。
行平は、おりくが持参したはずの、かつて松風に形見として与えた烏帽子と狩衣を持ってくるよう蘭平に命じるが、蘭平は繁蔵のことが気がかりで上の空です。
これに怒った行平が刀を抜くと、たちまち蘭平は奇病を発して倒れてしまう。
介抱により一度は目を覚ますものの、意味不明の言葉を口にしながら踊り狂い、再び刀を見て失神する。
やがて正気を取り戻した蘭平は行平に詫び、行平もその身の上を不憫に思ってこれを許します。
その後、行平が琴を所望するが、おりくは弾けず困っている。
そこへ、曲者を討ち取った繁蔵を連れ蘭平が意気揚々と戻ってきます。
行平は繁蔵の働きを賞し、武士に取り立てると約束するため、蘭平は大いに喜びます。
繁蔵が立ち去った後、物陰に潜んでいた与茂作が行平に斬りかかるが蘭平に取り押さえられる。
与茂作は行平を親の仇と罵るが行平にはまったく心当たりがない。
行平は縄を解かせ、潔く立ち会いたいところだが禁裏の重宝探索という役目があるため、代わりに蘭平に与茂作と戦うよう命じます。
蘭平は奇病を理由に辞退するが、行平は聞き入れず奥へ入ってしまう。
斬り合いの最中、与茂作の刀が名刀・天国(あまくに)であることが分かる。
蘭平もまた同じ天国を所持しており、問いただした結果、蘭平は自らが行平に討たれた伴実澄(ばんのさねずみ)の子・義雄(よしお)であり、在原家に入り込んで仇討の機会を狙っていたこと、奇病も油断させるための仮病であったことを明かす。
与茂作は弟の義澄(よしずみ)であり、兄弟は再会を喜び、力を合わせて行平討伐を企てます。
在原行平奥庭の場
しかし計画はすぐに露見し、蘭平は敵に囲まれて深手を負います。
なおも息子・繁蔵の姿を探す蘭平の前に行平と水無瀬御前さらに小野篁たかむらの家臣・大江音人とその妻・明石が現れる。
行平の病も仮病であり、与茂作こと大江音人も禁裏の重宝探索のために身をやつしていたこと、弟を名乗ったのも蘭平の素性を確かめるためであったことが明かされます。
最後に、蘭平を捕えよと命じられたのは息子・繁蔵だった。
だが繁蔵は父に縄をかけることができず、蘭平もまた繁蔵を斬ることができない。
蘭平は禁裏の重宝を繁蔵に託し、これを差し出して手柄にせよと言い残します。
その姿に心を打たれた行平は繁蔵の働きを称え、伴の家の再興を約束する。
蘭平は行平の情けに感謝し再会を誓って去っていきます。
渡りゼリフからの絵面(えめん)の見得で幕となります。
主な登場人物
在原行平(ありわらのゆきひら)
須磨に流されていた過去を持つ公卿。
罪を許されて都に戻ったものの、須磨で恋に落ちた海女・松風への思いを断ち切れず、憂いを抱えて暮らしている。
作中では病弱に見せかけているが、それもまた仮の姿で、禁裏の重宝探索という重要な役目を負っています。
家臣や周囲の人物を試しながら事の真相を見極め、最後には仇討を企てた蘭平の境遇を汲み取り、情け深い裁きを下す人物です。
水無瀬御前(みなせごぜん)
行平の奥方。須磨以来沈みがちな夫を案じ、松風に瓜二つのおりくを屋敷に迎え入れる計らいをします。
直接表に出る場面は多くないが、物語の発端を作る存在であり、終盤では行平とともに事の成り行きを見守る。
蘭平(らんぺい)実は伴義雄(ばんのよしお)
在原家に仕える家臣で、表向きは「刀を見ると乱心する奇病」を持つ男とされている。
しかしその正体は、行平に討たれた伴実澄の子・義雄であり、仇討の機会を狙って家中に入り込んでいた。
奇病も行平を油断させるための仮病である。
息子・繁蔵への深い愛情を抱き、仇討と父親としての情の間で激しく揺れ動く姿がこの物語の中心となります。
繁蔵(しげぞう)
蘭平の息子。
若く勇ましい人物で曲者捕縛の働きによって行平から武士に取り立てられる約束を受ける。
父の素性も仇討の企ても知らぬまま忠義を尽くすが、最後には父を捕えよという非情な命を受け、父子の情と主君への忠義の間で苦悩する。
その純粋さが、最終的に伴の家再興という結末を導く。
おりく 実は音人妻明石(おとんどのつまあかし)
松風に生き写しの女で、水無瀬御前の計らいにより在原家に連れてこられる。
行平を欺く役目を担わされ、不安を抱きながらも言いつけ通り従順に振る舞う。
物語後半では、行平の所望する琴を弾けずに困るなど事件の渦中に巻き込まれる市井(庶民)の女性として描かれる。
与茂作(よもさく)実は伴義澄 実は大江音人(おおえのおとんど)
おりくの夫と名乗って登場する男。
その正体は小野篁の家臣・大江音人で、行平の命で禁裏の重宝探索のために身分を偽っている。
途中では蘭平の弟・義澄を名乗り、蘭平の素性を確かめる役割を果たす。
物語の謎を解き明かす鍵となる存在である。
松風(まつかぜ)
須磨の海女で、行平が流罪中に恋をした女性。
すでに舞台上には登場しないが、行平の未練と物語全体の発端となる象徴的存在であり、おりくという身代わりを通してその面影が色濃く語られる。
蘭平物狂(らんぺいものぐるい)の見どころ
はしごを使った立廻りと見得
本作終盤の大きな見どころが、はしごを用いた立廻りです。
舞台上に設けられたはしごを縦横に使い、高低差のある動きの中で斬り結ぶため、立廻りに立体感と迫力が生まれます。
高所での動きや瞬間的に切られる見得には、役者の技量と度胸が求められ緊迫した空気が客席に伝わります。
追手たちのとんぼ
立廻りの最中に見られる追手たちのとんぼも、大きな見せ場のひとつです。
次々と繰り出される大きな動きによって、追手の数や勢いが視覚的に強調され、主人公が追い詰められていく状況が明確になります。
舞台全体の動きが加速し、終盤へ向けて一気に盛り上がる効果があります。
わが子を思う親心
蘭平という人物の核にあるのは、仇討を胸に秘めた男の執念ではなく何よりもまず「父」であるという一点である。
物語を通して、蘭平の行動の端々には、息子・繁蔵の身を案じる思いが色濃く表れています。
曲者捕縛の命が下った際勇んで出て行く繁蔵を蘭平は不安そうにいつまでも見送ります。
その姿には、主君への忠義や己の企てよりも、まず我が子の無事を願う親の心がにじみます。
また、物語終盤で追手に囲まれ傷を負いながらも、蘭平が探し求めるのは敵ではなく繁蔵の姿である点も、この人物像を強く印象づけます。
そして最大の見せ場は、繁蔵に父を捕えよという非情な命が下る場面です。
繁蔵は父に縄を掛けることができず蘭平もまた息子に刃を向けることができない。
敵味方という立場を超えて、親子の情がすべてに優先する瞬間であり観る者の胸を強く打ちます。
最終的に蘭平は、自らが持っていた禁裏の重宝を繁蔵に託しこれを差し出して手柄にせよと告げる。
それは、父として息子の未来を守ろうとする最後の選択です。
仇討も己の命も超えてわが子の行く末を願う親心が心にしみわたります。
後半のどんでん返し
物語の終盤、正体や思惑がすべて露わになったうえで展開されるドラマは、それまで積み重ねられてきた親子の情、仇討の怨念、主従の義理といった要素が一気に噴き出す場面です。
見終えたあとには、豪快さと同時に、深い余韻が残るのも本作の大きな魅力です。
実際に観てわかったこと
正直に言うと、初見では「結局この人は誰の味方?」と頭が混乱する場面が続きます。
実は兄弟、実は敵、実は仮病——と人物の正体が二転三転するため、あらすじを把握していない状態だとハテナが積み重なっていく感覚です。
だからこそ、この記事を読んでから劇場へ向かうことを強くおすすめします。
登場人物の「本当の顔」を頭に入れておくだけで、種明かしの瞬間が「やっぱり!」という快感に変わります。
立廻りはとにかくハラハラします。
「あんな高さから飛び降りるの?」
「そこまで登るの?」
と声が出そうになるほどの迫力で、客席全体が固唾を飲む空気になります。
映像で観るのと生で観るのでは、高さの感覚がまるで違います。




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