『松竹梅湯島掛額』(しょうちくばい ゆしまのかけがく)は、「お土砂の場(天人お七)」と「火の見櫓の場(櫓のお七)」という、二つの人気場面を組み合わせた歌舞伎演目です。
前半は吉祥院を舞台にしたドタバタラブコメディー。
後半は、恋のために禁を犯して火の見櫓へ登る幻想的な舞踊劇へと変化します。
特に前半の「お土砂の場」は、笑いと人情に満ちた人気場面。
欄間の天人に化けるお七や、“振りかけると体も心も柔らかくなる”という不思議な「お土砂」が登場し、客席を大いに沸かせます。
『松竹梅湯島掛額』とは
『松竹梅湯島掛額』は、
- 『其昔恋江戸染』(そのむかしこいのえどぞめ)
- 『松竹梅雪曙』(しょうちくばいゆきのあけぼの)
という二つの作品から、それぞれ人気場面を取り入れて構成された演目です。
前半は「お土砂の場(天人お七)」、後半は「火の見櫓の場(櫓のお七)」として知られています。
コミカルな世話物から、幻想的な舞踊劇へ変化していく構成が大きな魅力です。
お土砂の場 あらすじ
寺小姓・吉三郎に恋しているお七。
なんとか夫婦になりたいと願っていますが、吉三郎にはその気がありません。
吉三郎は実は武家の子息で、紛失した御家の重宝「天国の短刀」の行方を探しており、恋どころではなかったのです。
一方、お七はあまりの美しさから「欄間の天人にそっくり」と評判。
そこへ、範頼公の家来・長沼六郎が現れ、お七を差し出すよう迫ります。
吉祥院の仲間たちは、お七を守ろうと必死。
「ここにはいない」と嘘をつき、お七を隠しながら、なんとか吉三郎とくっつけようと画策します。
そこで活躍するのが、皆に愛される紅屋長兵衛、通称「紅長さん」。
幼い頃からお七を可愛がってきた紅長さんは、お七を欄間の天人と入れ替えて隠すという大胆な作戦を思いつきます。
お七は欄間にはまり込み、まるで本物の彫刻のように静止。
六郎は本当に天人の彫刻だと信じ込み、そのまま帰ってしまいます。
さらに紅長さんは、“振りかけると人の体も心も柔らかくなる”という不思議な「お土砂」を持ち出し、周囲にパラパラ。
すると皆ふにゃふにゃになって倒れ込み、吉祥院は大騒ぎに。
そんな騒動の中で、お七と吉三郎の距離も少しずつ近づいていきます。
後半は「火の見櫓の場」へ

前半の「お土砂の場」では、周囲を巻き込んだ騒動の中で、お七の恋心が描かれます。
そして後半では、舞台は一転。
お七の恋は、歌舞伎屈指の名場面「火の見櫓の場」へとつながっていきます。
雪降る夜、恋人のために禁を犯して櫓へ登る「櫓のお七」は、『伊達娘恋緋鹿子』の名場面として特に有名です。
「火の見櫓の場(櫓のお七)」については、こちらで詳しく解説しています。
▶ 『伊達娘恋緋鹿子』「火の見櫓の場(櫓のお七)」あらすじ・見どころ|なぜ梯子を登るのか?
登場人物
お七(おしち)
吉三郎に恋する娘。
恋に一直線で、周囲が見えなくなるほど一途な性格です。欄間の天人にそっくりな美貌の持ち主で、「お土砂の場」では天人の彫刻になりすまして隠されます。
後半の「火の見櫓の場」では、吉三郎を救うため禁を犯して櫓へ登ることになります。
吉三郎(きちさぶろう)
吉祥院の寺小姓。
お七から想いを寄せられていますが、当初は恋愛には無関心です。
実は武家の子息で、御家の重宝「天国の短刀」の行方を探しており、そのことで頭がいっぱい。周囲の後押しもあり、次第にお七との仲が近づいていきます。
紅屋長兵衛(べにやちょうべえ)
通称「紅長さん」。
幼い頃からお七を可愛がっている、皆に愛される人気者です。
お七を守るため、欄間の天人と入れ替えて隠すなど、次々に奇想天外な作戦を実行。「お土砂」を振りまいて大騒ぎを起こすコミカルな役どころでもあります。
長沼六郎(ながぬまろくろう)
範頼公の家来。
お七を差し出すよう吉祥院へやって来ます。
真面目に詮議しているのに、周囲から次々に騙されてしまう損な役回り。欄間のお七を本当に天人の彫刻だと思い込む場面は、この作品屈指の笑いどころです。
見どころ
欄間の天人に化けるお七
「お土砂の場」で特に有名なのが、欄間の天人に化けるお七。
お七が欄間に入り込み、本物の彫刻のように動きを止める場面は非常にユーモラスです。
しかも周囲の人々は大真面目。
隠している側も、騙される側も全力なので、その滑稽さがより際立ちます。
恋に一直線なお七と、なんとか助けようとする仲間たちの人情味も感じられる名場面です。
「お土砂」のドタバタ劇
もう一つの名物が、「お土砂」。
これは、振りかけると人の体も心も柔らかくなるという不思議な粉です。
紅長さんは、このお土砂を使って六郎たちを退散させます。
ところが途中からすっかり楽しくなってしまい、あっちでパラパラ、こっちでパラパラ。
すると皆ふにゃふにゃになって倒れ込み、舞台は大騒ぎになります。
上演によっては、芝居の裏方や劇場スタッフまで巻き込まれる演出になることもあり、客席は大盛り上がり。
ストーリーとは直接関係ないのに、つい見入ってしまう、歌舞伎らしいサービス精神に満ちた場面です。
特に紅長役の役者は、本当に楽しそうに演じることが多く、舞台全体が明るい空気に包まれます。
一方通行だった恋が動き出す
前半では、お七の恋はほとんど“一方通行”。
吉三郎は御家の重宝「天国の短刀」のことで頭がいっぱいで、お七の想いには気づいていません。
しかし、周囲の仲間たちの後押しもあり、次第に二人の距離が近づいていきます。
ドタバタ喜劇として笑わせながらも、恋物語としてしっかり感情が積み上がっていくところが、この作品の巧さです。
後半は「櫓のお七」へ
前半のお土砂の場で描かれたお七の恋心は、後半「火の見櫓の場」で一気に燃え上がります。
恋人・吉三郎を救うため、お七は禁を犯して火の見櫓へ登り、太鼓を打つ――。
雪の中の梯子乗りや幻想的な人形振りで知られる、歌舞伎屈指の名場面です。
「櫓のお七」については、こちらで詳しく解説しています。
▶『伊達娘恋緋鹿子』「火の見櫓の場(櫓のお七)」あらすじ・見どころ|なぜ梯子を登るのか?
まとめ
『松竹梅湯島掛額』は、
- ドタバタ人情喜劇の「お土砂の場」
- 幻想的な舞踊劇「火の見櫓の場」
という、まったく違う魅力を一度に楽しめる演目です。
欄間の天人に化けるお七。
お土砂で皆がふにゃふにゃになる大騒ぎ。
そして後半には、恋のために禁を犯して櫓へ登るお七の激情。
笑いと幻想、そして恋の情熱が詰まった、歌舞伎らしい楽しさに満ちた作品です。




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