「傾城反魂香」将監閑居の場(吃又)あらすじ・見どころ完全解説|又平とおとく夫婦の奇跡を初心者にもわかりやすく紹介

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「傾城反魂香」将監閑居の場(吃又)

「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」の「将監閑居(しょうげんかんきょ)の場」は、吃音(きつおん)に苦しむ絵師・又平(またべえ)が、一心不乱に描いた自画像によって奇跡を起こす、夫婦愛と芸術の力を描いた歌舞伎屈指の名場面です。
通称「吃又(どもまた)」として親しまれ、又平の吃りと、彼を懸命に支える妻・おとくの明るい弁舌の対比が、笑いと涙を誘います。

この記事では、「将監閑居の場」のあらすじ・見どころ・登場人物を、初心者にもわかりやすく解説します。

目次

傾城反魂香とは?作品の基本情報

「傾城反魂香」は、人形浄瑠璃・歌舞伎の演目で、通称「吃又」として知られています。
作者は近松門左衛門で、宝永5年(1708年)頃、大坂・竹本座で人形浄瑠璃として初演されたと推定されています。
歌舞伎には享保4年(1719年)、大坂・嵐三右衛門座で移されました。

項目内容
作品名傾城反魂香(上の巻・切「土佐将監閑居の場」)
通称吃又(どもまた)
作者近松門左衛門
初演1708年頃(宝永5年)・大坂竹本座(人形浄瑠璃)
歌舞伎化1719年(享保4年)・大坂嵐三右衛門座
ジャンル時代物(丸本物・義太夫狂言)

人形浄瑠璃の脚本をほぼそのまま歌舞伎化した「丸本物(まるほんもの)」のひとつで、義太夫の語りに乗せて重厚な芝居を展開するのが特徴です。
同じ丸本物には、「熊谷陣屋」のように親子の情愛を描く作品もあり、「将監閑居」もまた師弟愛・夫婦愛を軸にした人間ドラマとして位置づけられます。
丸本物について詳しく知りたい方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。

「将監閑居」は全体のどこにあたる?三段構成と上演の形

「傾城反魂香」は、本来「上の巻」「中之巻」「下之巻」の三段からなる長編の物語です。
上の巻では、土佐将監の娘と絵師・狩野元信の恋、そして又平が名字を授かるまでの顛末が描かれ、中之巻・下之巻では、京の六条三筋町を舞台にした恋の駆け引きや、勅勘(ちょっかん=天皇からの咎め)が解かれて一家が繁栄するまでが語られます。

しかし現在の歌舞伎・文楽で上演されるのは、ほぼ「上の巻」の切(きり=最後の場)にあたる「土佐将監閑居の場」のみです。
又平・おとく夫婦を中心にした人間ドラマとして独立性が高く、笑いと涙、そして奇跡の場面までが一幕でまとまっているため、単独の見取り狂言として繰り返し上演され続けています。
タイトルの「反魂香」とは、本来「死者の魂を呼び戻す香」を意味する言葉で、絵に込めた魂が現実を動かす、という本作全体を貫くモチーフを象徴しています。

あらすじ|虎退治から手水鉢の奇跡まで

物語の舞台は、無実の罪で謹慎中の絵師・土佐将監光信(とさのしょうげんみつのぶ)が暮らす、山科の閑居(かんきょ=ひっそりとした住まい)です。
ある日、この近くに一匹の虎が出没し、人々を騒がせます。
将監は、これが名手・狩野元信(かのうもとのぶ)の描いた虎の絵から抜け出したものだと見抜き、弟子の修理之介(しゅりのすけ)に命じて、絵筆でその虎を描き消させます。
この功績により、修理之介は将監から「土佐光澄(とさのみつずみ)」の名字を許されます。

そこへ、将監の兄弟子にあたる浮世又平(うきよまたべえ)が、妻・おとくとともに見舞いに訪れます。
又平は、東海道の宿場町・大津の名物である素朴な民衆絵「大津絵(おおつえ)」を描いて生計を立てる、身分の低い絵師です。
正統な土佐派の絵師として認められることを何よりも望んでいますが、生まれつきの吃音のため、うまく言葉を発することができません。
そのため、修理之介と同じように土佐の名字を許してほしいという願いも、自分の口で伝えることができず、おとくが夫に代わって涙ながらに訴えます。
しかし将監は、修理之介の功績と又平を比べ、「そなたにはまだそれだけの手柄がない」と、願いを聞き入れません。

失意のどん底に落ちた又平は、この世に思い残すことのないよう、庭の手水鉢(ちょうずばち=手を洗うための水盤)に、魂を込めて自らの姿を描き残そうと決意します。
死を覚悟した渾身の一筆で自画像を描き上げたそのとき、奇跡が起こります。
石の手水鉢に描かれたはずの絵が、鉢の裏側にまでくっきりと浮かび上がって突き抜けて見えたのです。

この驚くべき筆の力を目の当たりにした将監は、又平の絵師としての魂を認め、ついに土佐の名字を授けます。
与えられた名は「土佐光起(とさのみつおき)」。
不思議なことに、名字を許された喜びとともに、又平を長年苦しめてきた吃音までもがぴたりと治まり、すらすらと言葉を発せられるようになります。
晴れて名字を得た夫婦は、おとくが打つ鼓に合わせて、祝いの舞「大頭の舞(だいがしらのまい)」を舞い、幕となります。

見どころ①おとくの弁舌|夫に代わって語る妻の芝居

この一幕の大きな見どころのひとつが、夫・又平に代わって将監に訴えるおとくの長台詞です。
言葉を発せられない夫の悔しさや悲しみを、おとくが自分のことのように受け止め、時に涙ながらに、時に明るく大げさなほどに語ってみせる場面には、他の演目にはない独特の芝居のおかしみと哀れが同居しています。

吃音でうまく話せない又平が身振り手振りでもどかしそうに気持ちを伝えようとする姿と、それを一つ残らずすくい取って言葉にするおとくの姿は、まさに二人三脚の夫婦愛そのもの。
言葉を持たない者と、言葉であふれる者という対照的な二人が、互いを支え合いながら一つの願いに向かっていく様子が、観客の胸を打ちます。

見どころ②手水鉢の奇跡|魂を込めた一筆が起こす奇跡

本作最大の山場が、死を覚悟した又平が手水鉢に自画像を描き、その絵が鉢の裏側にまで突き抜けて浮かび上がる場面です。
絵師としての執念と、生きる望みを断たれた者の切実な祈りが一筆に込められた瞬間、絵という表現そのものが現実を動かす力を持つという、この演目ならではの幻想的な奇跡が舞台上で表現されます。

技術的には黒衣(くろご)による仕掛けで表と裏に絵を見せる演出ですが、観客の目には、まさに又平の魂そのものが石を通り抜けたかのように映ります。
冒頭の虎が絵から抜け出すエピソードと、この手水鉢の奇跡は、いずれも「絵に込められた魂が現実の世界へあふれ出す」という、演目全体に通底するテーマを体現している場面といえます。

見どころ③吃音が治る大団円と「大頭の舞」

名字を許された喜びとともに、又平の吃音がすっと治まる場面も、この一幕ならではの見どころです。
それまでたどたどしくしか話せなかった又平が、堰を切ったように滑らかに言葉を発する変化を、役者がどう演じ分けるかは、又平役の大きな見せどころとなっています。

そして幕切れには、喜びに沸く又平とおとくが、新しい着物に着替え、おとくの打つ鼓に合わせて「大頭の舞」を舞います。
コミカルで飄々とした振りの中に、これまでの苦労が報われた解放感と幸福感がにじみ出る、心温まる大団円です。
悲劇的な展開から一転、笑いに満ちた明るい幕切れへと向かう緩急の妙も、この演目が長く愛されてきた理由のひとつでしょう。

登場人物紹介

人物役どころ
浮世又平生まれつき吃音のある絵師。大津絵を描いて生計を立てる。土佐将監の弟子
おとく又平の妻。明るく気丈で、言葉が出ない夫の思いを代わりに語る
土佐将監光信又平・修理之介の師匠。無実の罪で謹慎中の絵師
土佐修理之介(土佐光澄)将監の弟子。虎の絵を描き消した功績で土佐の名字を許される

登場人物は少数ながら、又平とおとくの夫婦、そして師匠の将監という関係性がシンプルに整理されているため、初めて観る方でも人間関係を追いやすい構成になっています。

又平のモデルは実在した?大津絵師と岩佐又兵衛

「吃の又平」こと浮世又平には、実在の人物がモデルになっているという説があります。
元禄から享保にかけて、大津追分(おおつおいわけ)に「又平久吉(またべいきゅうきち)」と号する大津絵師が実際に暮らしていたと伝えられており、近松門左衛門が「傾城反魂香」の又平を造形するにあたって、この人物を念頭に置いたのではないかと考えられています。

一方で、この芝居の又平は、桃山時代から江戸初期にかけて活躍した絵師・岩佐又兵衛(いわさまたべえ)と結びつけられて語られることもあります。
岩佐又兵衛が風俗画(人々の暮らしを描いた絵)を手がけたことから、後世「浮世絵の祖」とする俗説が広まり、名前の響きが近いこともあって、「傾城反魂香」の又平のモデルは岩佐又兵衛である、という混同が生じたとされています。
現時点では確証はありませんが、実在した無名の大津絵師と、名高い絵師・岩佐又兵衛のイメージが重なり合って生まれたのが、この芝居の又平だと考えると、物語の奥行きがより一層感じられます。

又平が生業とする大津絵は、東海道の宿場町・大津周辺で、旅人向けの土産物として売られていた素朴な民衆絵です。
鬼や福の神などを題材にした簡素な墨絵に彩色を施したもので、値段が安く、格式高い土佐派や狩野派の絵とは対照的な、庶民のための絵として親しまれていました。
正統な絵師の家柄に憧れながらも、大津絵師という低い身分にとどまっている又平の境遇は、名字を欲しがる彼の切実な思いをより際立たせる設定になっています。

近松門左衛門と「傾城反魂香」

「傾城反魂香」の作者・近松門左衛門は、『曽根崎心中』をはじめとする世話物の心中物で知られる一方、本作のように芸術家の執念や奇跡を描いた作品も手がけています。
言葉を発することができない又平が、絵という別の表現手段によって自らの存在を証明していく物語には、人形浄瑠璃という「語り」の芸能を大成させた近松ならではの、表現と伝達というテーマへの深い関心が感じられます。

又平役は、吃音の演技から一転して滑らかに話し出す変化、そして絵師としての誇りと悲哀を一身に背負う難役として、歴代の名優たちが挑み続けてきました。
中でも初代中村鴈治郎と六代目尾上菊五郎は、それぞれ異なる芸風で又平を演じ分け、この役の双璧と評されてきた名優として知られています。
近松門左衛門の生涯や代表作について詳しくは、こちらの記事で解説しています。

よくある質問(FAQ)

「将監閑居の場」はどんな話ですか?

吃音に苦しむ絵師・又平が、師匠の土佐将監に名字を願うも許されず、死を覚悟して手水鉢に自画像を描いたところ、絵が鉢の裏側にまで浮かび上がる奇跡が起き、名字と吃音の治癒を得る物語です。
妻・おとくの献身と夫婦愛も大きな見どころです。

「吃又(どもまた)」とはどういう意味ですか?

吃音のある又平を指す通称で、「傾城反魂香」の「土佐将監閑居の場」全体を指す呼び名としても使われています。
正式な演目名よりも、この通称で呼ばれることが多い演目です。

「将監閑居の場」の見どころはどこですか?

手水鉢に描いた自画像が裏側まで突き抜けて浮かび上がる奇跡の場面、夫に代わって訴えるおとくの弁舌、そして吃音が治った又平とおとくが舞う「大頭の舞」の三点が主な見どころです。

「傾城反魂香」は全部でどのくらいの長さの作品ですか?

本来は「上の巻」「中之巻」「下之巻」の三段からなる長編ですが、現在上演されるのはほぼ上の巻の切「土佐将監閑居の場」のみです。
この場面だけで、笑い・涙・奇跡までが一幕にまとまった独立性の高い作品として親しまれています。

「将監閑居の場」は初心者でも楽しめますか?

はい。
登場人物が少なく人間関係もシンプルなうえ、笑いどころと感動の場面がはっきりしているため、歌舞伎を初めて観る方にもおすすめの演目です。
手水鉢の奇跡の場面がいつ来るか意識しながら観ると、より楽しめます。

歌舞伎が初めての方へ

歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ|絵に込めた魂が奇跡を起こす夫婦愛の名作

「傾城反魂香 将監閑居の場」について振り返ると、次のようにまとめられます。

  • 近松門左衛門作の人形浄瑠璃を原作とする丸本物で、通称「吃又」
  • 吃音の絵師・又平と、彼を支える妻・おとくの夫婦愛が中心のドラマ
  • 最大の見どころは、手水鉢に描いた自画像が裏側に突き抜ける奇跡
  • 名字を許された又平は吃音も治り、夫婦で「大頭の舞」を舞って幕
  • 本来は三段構成の長編だが、現在は「将監閑居の場」のみが独立して上演される

言葉を発せられない者が、絵という別の表現で自らの魂を証明し、それが奇跡を呼び起こす――「傾城反魂香 将監閑居の場」は、表現することの尊さと、夫婦で支え合うことの尊さを、同時に描いた名作です。
次に観劇する機会があれば、おとくの弁舌の巧みさと、手水鉢の奇跡が起きる一瞬の緊張感に、ぜひ注目してみてください。

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