丸本物とは?人形浄瑠璃発祥の歌舞伎ジャンルを代表作つきで解説

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寺子屋で手習い机に向かう子役たちと松王丸が向き合う舞台写真

歌舞伎の演目の中には、もとは人形浄瑠璃(現在の文楽)のために書かれた作品が数多くあります。
そうした演目が歌舞伎に取り入れられ、独自の演出とともに上演されるようになったものを「丸本物(まるほんもの)」と呼びます。

「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」といった、歌舞伎を代表する名作の多くも、実はこの丸本物にあたります。

この記事では、丸本物の意味や特徴、時代物・世話物との関係、代表的な演目までを順を追って解説します。
用語だけを聞くとやや難しく感じるかもしれませんが、押さえるポイントはそれほど多くありません。
読み終える頃には、演目情報にある「丸本物」の文字を見て、どんな舞台なのかがイメージできるようになるはずです。

目次

丸本物とは?|人形浄瑠璃(文楽)から生まれた歌舞伎の演目

丸本物とは、人形浄瑠璃(人形芝居)のために書かれた脚本を、ほぼそのままの筋立てで上演する歌舞伎演目のことです。

「丸本」とは、人形浄瑠璃の太夫(語り手)が用いる、一段をまるごと省略せずに収めた台本を指す言葉。
その丸本にもとづいて上演される歌舞伎だから「丸本物」と呼ばれます。

歌舞伎の世界では「義太夫狂言(ぎだゆうきょうげん)」ともほぼ同じ意味で使われ、資料によっては「丸本歌舞伎」という呼び方も見られます。

丸本物が歌舞伎に取り入れられ始めたのは、江戸時代中期・18世紀初頭のこと。
1715年に大坂で初演された近松門左衛門作の人形浄瑠璃『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』が京坂・江戸を問わず競って歌舞伎化され、大評判となったことが流行のきっかけになったといわれています。

以来、人形浄瑠璃の名作が次々と歌舞伎に移され、丸本物は歌舞伎の重要なジャンルのひとつとして定着していきました。

人形浄瑠璃(文楽)との関係

ここでいう人形浄瑠璃とは、太夫の語りと三味線に合わせて人形を操る伝統芸能のこと。
現在は「文楽(ぶんらく)」という名称で親しまれていますが、これは大坂の人形浄瑠璃の劇場「文楽座」に由来する呼び方で、江戸時代には単に人形浄瑠璃と呼ばれていました。

歌舞伎と人形浄瑠璃は、同じ江戸時代の大坂・京都・江戸で人気を競い合った演劇です。
ヒット作が生まれると、互いのジャンルへ脚本ごと移し替えることが盛んに行われました。
丸本物は、その中でも人形浄瑠璃から歌舞伎へ渡った作品群にあたります。

歌舞伎化にあたっての変更点

丸本物は「ほぼそのまま」とはいえ、人形浄瑠璃の脚本を一字一句そのまま上演するわけではありません。
人形芝居では違和感のなかった演出も、生身の役者が演じるとなれば見せ方の工夫が必要になります。

そのため歌舞伎化にあたっては、役者の役柄に合わせた演技の変更や、見得(みえ)・六方(ろっぽう)といった歌舞伎独自の様式が加えられることが少なくありません。
同じ演目でも、文楽版と歌舞伎版とでは見え方や印象が異なるのは、こうした歌舞伎ならではの解釈が加わっているためです。

丸本物の特徴|竹本の語りと様式美で魅せる舞台

せりふは俳優、地の文は竹本が担う

丸本物には、ほかの歌舞伎演目にはない大きな特徴があります。
それは、舞台上手に設けられた御簾内(みすうち)や、床(ゆか)と呼ばれる張り出し舞台で、太夫と三味線方が「竹本(たけもと)」として物語を語り演奏することです。

登場人物のせりふ部分は俳優自身が発しますが、状況説明や心情を語る「地の文(じのぶん)」、節のついた部分は竹本が受け持つのが原則です。

これは人形浄瑠璃において、人形遣いの代わりに太夫がすべてを語っていた名残であり、丸本物ならではの様式美といえます。

戯曲としての骨太な筋立て

丸本物はもともと人形のために書かれた作品です。
役者の個性や見た目の制約を受けずに作者が自由に構想を練ることができたため、物語の展開が骨太で、文学性に富んだ緻密な筋立てになっているのも特徴です。

一つの演目が三段・五段といった長い構成を持つ通し狂言も多く、見応えのある人間ドラマとして今も上演され続けています。

人形の動きを俳優が演じる「人形振り」

丸本物の演目の中には、人形浄瑠璃の人形の動きをあえて模して演じる「人形振り」と呼ばれる演出が用いられるものもあります。
まばたきなど人間らしい動きを封印し、あたかも人形遣いに操られているかのように舞う、高度な技術が求められる演出です。

『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』の清姫や、「櫓のお七」の八百屋お七などが、人形振りで知られる代表的な役どころです。

丸本物を支える音楽「義太夫節」

丸本物の語りに使われる音楽は「義太夫節(ぎだゆうぶし)」と呼ばれる浄瑠璃の一種です。
1684年、竹本義太夫(たけもとぎだゆう)が大坂・道頓堀に竹本座を旗揚げしたことをきっかけに生まれ、力強さと優雅さを併せ持つ語り口で人気を集めました。

その後、竹本座で活躍した近松門左衛門らの作品が歌舞伎に取り入れられていく中で、義太夫節による語りごと歌舞伎の舞台に持ち込まれるようになったのが「竹本」の始まりです。
丸本物というジャンル名だけでなく、竹本という演出そのものも、この義太夫節の歴史と深く結びついています。

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丸本物と時代物・世話物の違い|分類の軸が異なる

丸本物についてよく混同されやすいのが、「時代物」「世話物」との関係です。
結論からいうと、丸本物と時代物・世話物は、そもそも分類の切り口が違います。

時代物・世話物は、描かれる題材が武士や貴族の歴史劇か、庶民の暮らしを描いた世話事かという「内容」による分類です。
一方の丸本物は、原作が人形浄瑠璃かどうか、竹本の語りが入るかどうかという「成り立ちと演出」による分類にあたります。

そのため、丸本物には時代物に分類される演目も、世話物に分類される演目も、どちらも存在します。
たとえば『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』は、丸本物であり、かつ時代物でもある演目です。

一方、近松門左衛門が人形浄瑠璃として書いた世話物『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』のように、庶民の心中事件を題材にした丸本物も存在します。

つまり「丸本物」というジャンル名だけでは、その演目が武士の物語なのか庶民の物語なのかまでは分かりません。
丸本物かどうかに加えて、時代物か世話物かをあわせて確認すると、演目の内容がより具体的にイメージしやすくなります。

時代物・世話物それぞれの意味や特徴は、以下の記事で詳しく解説しています。

丸本物の代表作|まず押さえておきたい名作

歌舞伎三大名作と呼ばれる丸本物

丸本物の中でも特に有名なのが、「歌舞伎三大名作」と呼ばれる三作品です。
いずれも大坂・竹本座で人形浄瑠璃として初演され、竹田出雲・三好松洛・並木千柳らによって合作されました。

・『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』延享3年(1746年)初演
・『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』延享4年(1747年)初演
・『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』寛延元年(1748年)初演

『仮名手本忠臣蔵』

赤穂浪士の仇討ちを題材にした、丸本物随一の人気演目。
忠義とは何かを問う大作で、丸本物ならではの様式美とドラマ性がすべて詰まっている作品といえます。

詳しいあらすじはこちら
仮名手本忠臣蔵のあらすじ【全十一段】初心者向け完全ガイド|見どころ・登場人物を解説

『菅原伝授手習鑑』

学問の神・菅原道真の悲劇を軸に、複数の親子の情と忠義が絡み合う作品です。
なかでも三段目「寺子屋」は、丸本物らしい重厚な人間ドラマとして単独でもよく上演されます。

詳しいあらすじはこちら
『菅原伝授手習鑑』のあらすじ・見どころを解説|歌舞伎演目

『義経千本桜』

源義経を軸に、史実と伝説が交差する大作。
ドラマ性とエンタメ性のバランスが高く、丸本物の中でも人気の高い演目のひとつです。

詳しいあらすじはこちら
義経千本桜のあらすじをわかりやすく解説|主要場面・見どころ・上演の仕組みまで完全ガイド

丸本物の入り口におすすめの一幕|「熊谷陣屋」

三大名作以外にも、丸本物には印象的な名場面が数多くあります。
なかでも「熊谷陣屋(くまがいじんや)」は、丸本物らしい重厚な人間ドラマと竹本の語りが生きる名場面として人気の高い一幕です。

源平合戦を舞台にした『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』の三段目にあたり、単独でもよく上演されます。

もう一幕|『双蝶々曲輪日記』の「角力場」「引窓」

全九段からなる『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』も、丸本物を代表する人気作です。
二段目「角力場(すもうば)」では、濡髪長五郎と素人力士の放駒長吉が対戦し、放駒が勝つ大番狂わせに。
八段目「引窓(ひきまど)」では、養母の家に隠れた濡髪と、捕縛を命じられた義弟・南与兵衛の義理と人情が描かれます。
どちらも単独で上演されることの多い名場面です。

世話物の代表的な丸本物には、お光が髪を切って身を引く『新版歌祭文』野崎村があります。
登場人物が少なく、義太夫狂言の入り口にもなる一幕です。

丸本物の見どころ|観劇でチェックしたい3つのポイント

竹本の語りに耳を澄ませる

せりふだけでなく、竹本が語る地の文にも注目してみましょう。
太夫の声の強弱や三味線の音色が、登場人物の心情や場面の緊迫感を表現しています。

劇場によっては、字幕ガイドやイヤホンガイドで台詞や竹本の内容を確認しながら観ることもできます。
耳で語りを楽しみつつ、目で役者の演技を追うという、丸本物ならではの観劇スタイルに慣れてくると、より一層引き込まれるはずです。

様式的な演出や見得に注目する

丸本物には、人形振りをはじめ、様式的で美しい演出が数多く登場します。
決めの場面での見得(みえ)や、竹本と俳優の呼吸が合う瞬間は、丸本物ならではの見どころです。

通し狂言なら段ごとの物語を意識する

三大名作のように段数の多い作品を通しで観る場合は、段ごとに主役や舞台が変わることも珍しくありません。
あらかじめ大まかな筋を把握しておくと、物語の流れを追いやすくなります。

初心者が丸本物を楽しむコツ

丸本物は登場人物や人間関係が複雑な場合もあるため、最初から全段の通し狂言に挑戦するより、有名な場面だけを上演する「見取り狂言」から親しむのがおすすめです。

『仮名手本忠臣蔵』の「四段目」や「五・六段目」、『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋」のように、よく上演される段をいくつか観るだけでも、丸本物の雰囲気や魅力は十分に伝わってきます。

無理に全体を追おうとせず、印象的な場面を積み重ねて味わっていく方が、丸本物は理解しやすいでしょう。

あらすじを事前に軽く頭に入れておくと、竹本の語りに集中しやすくなり、丸本物ならではの味わいをより深く楽しめます。
歌舞伎座や国立劇場などでは、上演演目や配役があらかじめ発表されるため、公式サイトで演目名を確認してから観劇の予習をしておくのもおすすめです。

歌舞伎が初めての方へ

歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ|丸本物は人形浄瑠璃と歌舞伎をつなぐジャンル

丸本物は、人形浄瑠璃(文楽)のために書かれた脚本をもとに上演される歌舞伎演目のことです。
「義太夫狂言」ともほぼ同じ意味で使われ、竹本の語りと様式的な演出で物語を紡ぐのが最大の特徴です。

時代物・世話物が題材による分類であるのに対し、丸本物は成り立ちと演出による分類。
そのため、時代物にも世話物にも丸本物は存在します。

『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』の三大名作をはじめ、「熊谷陣屋」のような名場面まで、丸本物には歌舞伎の奥深さを知る演目がそろっています。
気になる演目から少しずつ観劇して、丸本物ならではの世界観を楽しんでみてください。

よくある質問(FAQ)

丸本物と義太夫狂言は同じ意味ですか?

はい、丸本物と義太夫狂言はほぼ同じ意味で使われます。
どちらも人形浄瑠璃(文楽)の脚本をもとに歌舞伎化された演目群を指す言葉で、資料によっては「丸本歌舞伎」と呼ばれることもあります。

丸本物と時代物・世話物はどう違いますか?

時代物・世話物は描かれる題材による分類、丸本物は原作が人形浄瑠璃かどうか・竹本の語りが入るかどうかによる分類です。
分類の軸が異なるため、丸本物には時代物に分類される演目も、世話物に分類される演目も存在します。

丸本物の代表作は何ですか?

『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』の三作は「歌舞伎三大名作」と呼ばれる丸本物の代表格です。
「熊谷陣屋」など、単独で上演されることの多い名場面も丸本物には数多くあります。

丸本物は初心者でも楽しめますか?

もちろん楽しめます。
最初から全段の通し狂言を観ようとせず、有名な場面だけを上演する「見取り狂言」から親しむと、丸本物ならではの世界観に無理なく親しめます。

丸本物の上演時間はどれくらいですか?

演目や上演形式によって大きく異なります。
有名な場面だけを上演する「見取り狂言」であれば1幕あたりおおむね30分〜1時間程度ですが、三大名作のような通し狂言を全段上演する場合は、複数の幕にわたり数時間規模になることもあります。
公演プログラムに記載の上演時間を事前に確認しておくと安心です。

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