この記事では全幕を通したあらすじと見どころを解説します。
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彦山権現誓助剱とは?|作品概要
『彦山権現誓助剱(ひこさんごんげん ちかいのすけだち)』は、原作の浄瑠璃では十一段からなる長編の時代物で、豊臣秀吉の朝鮮出兵や明智光秀の残党の暗躍といった「太閤記物」の系譜に連なる歴史背景を持ちます。
大分県・彦山地域に実在した毛谷村六助の逸話をもとに、九州・彦山権現を舞台に、仇討ちを軸としながら親子の情、裏切り、忠義が複雑に絡み合う、大河ドラマのような物語が展開されます。
近年の歌舞伎では通し狂言としての上演は少なく、「毛谷村の場」を中心に、吉岡一味斎の娘・お園と毛谷村六助の仇討ち譚として上演されることが多いほか、その前日譚、母の四十九日の墓参で六助が微塵弾正と出会い、情と運命が交差する「杉坂墓所の場」が取り上げられることもあります。
女ながら怪力で武術に優れたお園という、歌舞伎や浄瑠璃でも珍しい個性的なヒロインと、英彦山の麓で静かに暮らす武術の達人・六助との取り合わせが際立ち、見ごたえある作品として人気です。
『彦山権現誓助剱』のあらすじ解説
発端:豊前国彦山権現山中の場
彦山は、彦山権現が鎮座する霊山。
その麓の毛谷村に、六助という力自慢の若者が暮らしています。
六助は武勇を見込まれ、方々の大名から仕官の誘いを受けますが、年老いた母に孝行するため、すべてを断って静かな暮らしを選んでいます。
ある日、山中のお堂の前で、矢の刺さった鳥が六助の前に落ちてきます。
六助が矢を抜いて逃がしたところ、早川一学という侍が現れ、殿の命で仕留めるはずだった鳥を逃した罪だと責め、家来に捕らえさせようとします。
しかし霊山での殺生を戒める六助の言葉と、その並外れた力の前に誰も歯が立ちません。
早川たちが去った後、お堂の中から武運の神と名高い、高良の神の使いと名乗る老人が現れ、六助に剣術・八重垣流の奥義の一巻を授けます。
実はこの老人こそ、周防・長門を治める郡家の剣術師範、吉岡一味斎。
六助の人柄と技量を見抜き、自らの後継とすべく奥義を伝え、さらに娘・お園との縁談を持ちかけるのでした。
序幕:周防国大守郡家城外の場
周防国・郡家居城の外。
端午の節句の酒宴を終えた吉岡一味斎の一行が帰路につきます。
一味斎は御前試合で見事な腕前を披露し、褒賞を得たばかりでした。
その試合で打ち負かされた京極内匠は、敗北の恨みに加え、一味斎の娘・お菊への横恋慕を退けられた腹いせもあって、闇に潜み、短筒(たんづづ)で一味斎を撃ちます。
とどめを刺そうとしたその時、父を迎えに来た上の娘・お園が現れ、京極は見つかるのを恐れて逃走しますが、もみ合う中で片袖を奪われます。
お園は倒れた父を見つけ、目の前で息絶える姿を見届け、その袖こそが仇の手がかりとなることを悟るのでした。
長門国吉岡一味斎屋敷の場
一味斎の家では、衣川弥三郎との縁組を望む妹・お菊が、実家に引き取られている実子・弥三松に会わせてほしいと願い出ますが、不義の子として許されません。
そこへ戻ったお園は、お菊を許し、弥三松を跡目にしてほしいと母のお幸に申し出ます。
しかしお幸は、お園こそ拾い子ながら位ある家の出であり、家を継ぐべき者だと言い聞かせます。
やがてお園は、父・一味斎の亡骸を載せた駕籠を座敷に運ばせ、
変わり果てた姿を母と妹に確かめさせたうえで、その最期と、奪い取った片袖から下手人が京極内匠であることを明かします。
悲しみに沈む家族の前に、上使として衣川弥左衛門が現れ、剣術指南でありながら討たれた一味斎を咎め、屋敷没収と一家追放を言い渡します。
憤るお園は弥左衛門と組み合いますが、その腕前を認められ、これは殿の意を受けた試しであったと告げられます。
そして、京極内匠への仇討ちを許す墨付きが、お園の手に渡されるのでした。
山城国小栗栖瓢箪棚の場
山城国・小栗栖は、明智光秀が悲運の最期を遂げた地であり、街道筋には下級の遊女が客を取る場所でもあります。
そこへ、京極内匠の行方を探すため、遊女に身をやつしたお園が現れます。
ほどなくして、家来の友平が姿を見せ、お園と別れて敵を追っていた妹・お菊が摂津国須磨浦で何者かに殺されたこと、そしてその息子・弥三松は無事に逃げ延びたことを告げます。
友平は、下手人が残したお守り袋を差し出します。
中には臍の緒と、「永禄九年五月十日生」と記された生年月日の紙が入っていました。
お菊を守れなかった無念から、友平はその場で自刃し、お守り袋を近くの池へ投げ捨てます。
すると池から異様な湯気が立ち上り、導かれるように京極内匠が現れます。
その京極の前に、池の中から明智光秀の亡霊が現れ、自分の子であることを明かし、小田春永の剣・蛙丸を託して、己を滅ぼした真柴久吉を討てと命じます。
その一部始終を見届けたお園は、生年月日を照らし合わせ、京極内匠こそが妹・お菊を殺した下手人であると確信するのでした。
豊前国彦山杉坂墓所の場
毛谷村の六助は並外れた腕前を持ちながら、国主からの仕官の誘いに対し、自分に勝つ者にしか奉公しないと言い続けていました。
そのため国主は、六助を負かした者を五百石で召し抱えるとの高札を立てます。
母を亡くした六助が四十九日の墓参をしていると、耳の遠い老女を伴った微塵弾正と名乗る浪人が現れます。
弾正は、母に孝行するため仕官したいので、翌日の試合でわざと負けてほしいと頼みます。
親孝行の情に心を動かされた六助は、その願いを受け入れます。
侍たちが去った後、幼い弥三松を連れた若党・佐五平が山賊に追われて逃げ込んできます。
六助は山賊を追い払いますが、深手を負った佐五平は、弥三松を六助に託して息絶えます。
六助はその子を連れ帰り、物語はさらに大きな因縁へと進んでいくのでした。
毛谷村六助住家の場
梅が咲き、鶯の声が響く静かな山里――毛谷村の六助の住み家の門口には、目印として弥三松の着物が干されています。
小倉城主の検分役と微塵弾正が訪れ、剣の試合が行われています。
六助は頼みを断れず、わざと負けますが、弾正は態度を一変させ、扇で六助の眉間を打つという横暴に出ます。
それでも六助は、親孝行の手助けができたと弾正を見送ります。
その後、旅の老女が休ませてほしいと訪ねてきます。
怪しみながらも家に通した六助のもとへ、今度は虚無僧が現れ、雲助たちを打ち破ります。
六助はその正体が女だと見抜き、女は天蓋を取って「家来の敵」と六助に斬りかかると、幼子が飛び起きて、「おばさま!」とすがりつく
顛末を語り、 毛谷村の六助であることを告げた途端に
吉岡一味斎の娘・お園と名乗ります。お園は、六助が父の決めた許嫁であること、一味斎と妹・お菊が京極内匠に討たれ、弥三松がその遺児であることを明かします。
奥から現れた母のお幸も二人の縁を認め、祝言が整えられます。
そこへ木こりの斧右衛門が、戸板に載せた老婆の遺体を運び込んできます。それは、弾正が「母」と呼んで連れていた耳の遠い老女でした。
六助は、自分が騙され、罪のない老婆が口封じに殺されたことを知り激怒します。
お幸とお園の話から、弾正こそが京極内匠であると確信した六助は、弥三松とお園を伴い、ついに仇討ちの旅へと出立するのでした。
大詰:豊前国小倉真柴大領久吉本陣の場
九州を平定し、小倉城に本陣を構えた真柴秀吉のもとには、城主・立浪主膳正をはじめ家臣たちが居並び、士官を許された微塵弾正も列座しています。
しかし弾正は、内心では秀吉(久吉)を討つ機会をうかがっていました。
そこへ、再試合を望む六助が現れ、久吉はこれを許します。
久吉は、弾正が蛙丸を所持していることに気づき、その正体を訝しみます。
やがて弾正は家来に久吉を襲わせますが失敗に終わり、ついに六助との再試合となります。
本気で剣を抜いた六助の前に弾正は及ばず、お園と弥三松も加わって、ついに仇討ちは成就します。
久吉は六助の働きを称え、侍大将に取り立てると告げ、物語は大団円を迎えるのでした。
彦山権現誓助剱の主な登場人物
毛谷村 六助(けやむら ろくすけ)
毛谷村に住む並外れた剣の腕を持つ青年。
国主からの仕官の誘いを、「自分に勝つ者にしか仕えない」と断り続けている。親孝行で情に厚く、困った者を見捨てられない性格。
お園(おその)
吉岡一味斎の長女。女ながら怪力で武術に優れた、気丈で行動力のある女性。
父の決めた六助の許嫁であり、父と妹の仇を討つため、遊女や虚無僧に身をやつして敵を追う。
吉岡 一味斎(よしおか いちみさい)
周防・長門を治める郡家の剣術師範。
六助の人柄と腕を見抜き、八重垣流の奥義を授け、娘・お園との縁談を持ちかける。
御前試合で京極内匠を打ち負かしたことを恨まれ、闇討ちに遭い命を落とす。
お菊(おきく)
一味斎の下の娘。
敵を追う旅の途中で京極内匠に殺され、仇討ちの大きな動機となる。
■ 弥三松(やそまつ)
お菊の子。幼いながら物語の因縁を背負う存在。
母を失い、六助とお園に守られながら旅を続ける。
微塵 弾正(みじん だんじょう)実は京極 内匠(きょうごく たくみ)
物語の仇敵。
母思いの浪人・微塵弾正を名乗るが、正体は京極内匠。
一味斎とお菊を殺し、六助を欺くため老女を「母」として利用する冷酷な人物。
お幸(おこう)
一味斎の後室で、お園とお菊の母。
お園が拾い子で、身分の高い家の出であることを明かし、家を継ぐ者としてお園を立てようとする。
衣川 弥左衛門(きぬがわ やざえもん)
一味斎の死後、屋敷没収と追放を言い渡すが、実はお園の腕前と覚悟を試す役目を負っている。
お園に仇討ち御免の墨付きを与える。
衣川 弥三郎(きぬがわ やさぶろう)
お菊の想い人で、弥三松の父。
身分や不義の問題から、正式な縁組を許されない。
友平(ともへい)
お園の家来。
お菊と弥三松を連れて京極 内匠を追う途中、お菊の死を知らせる。
自責の念から自害する忠義の人物。
斧右衛門(おのえもん)
木こり。
殺された母の遺体を六助のもとへ運び、弾正=京極の非道を明らかにするきっかけを作る。
見どころ
勧善懲悪の爽快感
非道な京極が討たれ、六助が取り立てられる結末は、因果応報と人情が報われる王道の時代物。
観終えたあとにすっきりとした余韻が残るのも、この作品の魅力。
六助の人情と怪力
親孝行に心を打たれてわざと負ける場面や、幼い弥三松をあやす優しさと、剣を抜いた時の圧倒的な強さの対比が魅力。
女武者・お園の豪胆さ
遊女や虚無僧に身をやつし、仇を追うお園の変装と立ち回りが大きな見どころ。
女性でありながら怪力と剣技を兼ね備えた、歌舞伎ならではのヒロイン像が際立つ。
謎が一本の線になる快感
毛谷村の場では、老女や虚無僧に化けた女が「母だ」「女房だ」と名乗り出て、観ている側は首をかしげるばかり。
ところが物語が進むにつれ、点のように散らばっていた違和感が次々と明かされ、やがてすべてが一本の線につながります。
その瞬間に訪れる「そういうことだったのか」と腑に落ちる感覚こそ、この場面ならではの大きな見どころです。

通しで上演されることがかなり少ない演目なので、上演されたときは観劇することをおすすめします。
毛谷村の場は単独上演が多く、前後のあらすじを頭に入れておくとより楽しめると思います。






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