美しい武家娘と若党が、呉服店・浜松屋を訪れます。
ところが、娘の腕から刺青がのぞき、芝居は思いがけない方向へ。
娘の正体は盗賊・弁天小僧菊之助です。
やがて白浪五人男が番傘を手に稲瀬川へ勢揃いします。
2027年1月には、大阪・新歌舞伎座の昼の部で上演されます。
女装した盗賊・弁天小僧と兄貴分の南郷力丸が呉服店で詫び金を要求し、正体を見破られたあとに名乗りを上げ、稲瀬川では仲間とともに番傘を持って花道に並ぶ歌舞伎作品です。
『弁天娘女男白浪』とは|基本情報
『弁天娘女男白浪(べんてんむすめ めおのしらなみ)』は、河竹黙阿弥の代表作のひとつです。
本名題は『青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなのにしきえ)』。
文久2年(1862)、江戸の市村座で初演されました。
『白浪五人男』『弁天小僧』という通称もあります。
『弁天娘女男白浪』は、全編である『青砥稿花紅彩画』のうち、人気の高い「浜松屋見世先の場」と「稲瀬川勢揃いの場」を上演するときの外題です。
「白浪(しらなみ)」とは盗賊のこと。
盗賊を主人公にした芝居は「白浪物」と呼ばれます。
河竹黙阿弥は白浪物を手がけ、「白浪作者」と呼ばれました。
白浪五人男は、弁天小僧菊之助、南郷力丸、日本駄右衛門、忠信利平、赤星十三郎の五人の盗賊です。
本作には色彩美、音楽美にあふれた歌舞伎屈指の名場面があり、弁天小僧の「知らざあ言って聞かせやしょう」から始まる名ぜりふも知られています。
同じ河竹黙阿弥の白浪物として、『三人吉三巴白浪』のあらすじも解説しています。

あらすじ|浜松屋見世先の場
婚礼の支度と鹿子の万引き
舞台は、鎌倉雪の下にある呉服店・浜松屋。
美しい武家娘と、その供をする若党が店へやってきます。
娘は早瀬主水の息女・お浪、若党は四十八(よそはち)と名乗りました。
お浪は婚礼支度の買い物をするといい、品物を選びます。
その途中、鹿子(かのこ)の裂(きれ)をそっと懐へ入れました。
それを見た番頭は、お浪が万引きをしたと思い込みます。
帰ろうとするお浪の懐から鹿子の裂を引き出し、その額を算盤で打ってしまいました。
ところが、四十八の話を聞くと事情が変わります。
お浪が懐に入れた鹿子は、浜松屋の品ではありません。
別の店である山形屋の品だったのです。
取り返しのつかない過失に、店の者たちは青ざめます。
浜松屋の若旦那・宗之助は、二人に詫びました。
浜松屋の詫びと強請り
宗之助が詫びても、四十八は引き下がりません。
店主の浜松屋幸兵衛を相手に、お浪の額についた傷を言い立て、法外な金を要求します。
浜松屋に呼ばれた鳶頭も憤慨し、四十八に啖呵を切りました。
それでも幸兵衛は、事を穏便に済ませようと、四十八の求めに応じて詫び金を差し出します。
お浪と四十八が詫び金を受け取り、帰ろうとしたときでした。
店の奥にいた玉島逸当(たましまいっとう)という侍が、二人を呼び止めます。
正体露見と「知らざあ言って聞かせやしょう」
玉島逸当は、お浪と四十八が本物の武家娘と若党ではなく、騙りだと見抜いていました。
逸当が証拠にしたのは、ちらりと見えた腕の刺青です。
お浪が男だと見破られた瞬間、二人はそれまでの様子を変え、伝法な正体を現します。
女装していた盗賊は、弁天小僧菊之助。
若党の四十八を装っていたのは、兄貴分の南郷力丸でした。
ここで弁天小僧が口にするのが、有名な一言です。
「知らざあ言って聞かせやしょう」
弁天小僧は、江ノ島の稚児上がりであることを含む身の上を七五調で語り、名を明かします。
武家娘の姿から、盗賊・弁天小僧菊之助へと変わる場面です。
正体を知られた弁天と南郷は、その場に居直って悪態をつきます。
しかし幸兵衛は、弁天の額の傷に対する膏薬代を差し出しました。
受け取りをしぶる弁天を南郷が説き伏せ、二人はようやく浜松屋をあとにします。
坊主持ち
浜松屋を出た弁天と南郷は、その日の稼ぎを山分けして悦に入ります。
ただし、騙りに使った重い武家の衣裳は、どちらも持ちたがりません。
そこで、坊主が来たら交互に持ちっこする「坊主持ち」に興じながら帰っていきます。
一方の浜松屋では、騙りを見破った逸当を奥座敷へ案内し、もてなしの支度を始めます。
この玉島逸当こそ、弁天と南郷の頭の日本駄右衛門です。
あらすじ|稲瀬川勢揃いの場
浜松屋で弁天と南郷の騙りを見破った玉島逸当。
その正体は、弁天や南郷の頭である大盗賊・日本駄右衛門でした。
そのころ稲瀬川では、盗賊たちを捕らえようとする捕手が、ひそかに待ち伏せしています。
迷子を捜しているように見せかけ、白浪五人男が現れるのを待っているのです。
やがて、五人の盗賊が姿を見せます。
先頭は弁天小僧菊之助。
続いて忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、そして日本駄右衛門がやってきました。
五人は番傘を持って花道に並びます。
その姿は錦絵そのものと言われる場面です。
弁天小僧を先頭に、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、日本駄右衛門が一人ずつ七五調で名乗り、捕手と渡り合います。
白浪五人男と主な登場人物
弁天小僧菊之助
美しい武家娘・お浪に化け、浜松屋へ入る盗賊です。
腕の刺青から男だと見破られると、「知らざあ言って聞かせやしょう」の一言に続き、江ノ島の稚児上がりであることを含む身の上を七五調で語って名を明かします。
南郷力丸
弁天小僧の兄貴分です。
浜松屋では若党・四十八と名乗り、お浪の額の傷を言い立てて法外な金を要求します。
正体を見破られたあと、膏薬代の受け取りをしぶる弁天を説き伏せるのも南郷です。
日本駄右衛門
白浪五人男の頭である大盗賊です。
浜松屋では玉島逸当という侍の姿で現れ、弁天と南郷の騙りを見抜きます。
忠信利平
白浪五人男の一人です。
稲瀬川勢揃いの場では、弁天小僧、赤星十三郎、南郷力丸、日本駄右衛門とともに花道へ並び、七五調で名乗りを上げます。
赤星十三郎
白浪五人男を構成する盗賊の一人です。
稲瀬川では、ほかの四人とともに番傘を持って花道へ並びます。
浜松屋幸兵衛と宗之助
幸兵衛は浜松屋の店主、宗之助はその息子です。
番頭がお浪の額を算盤で打ったあと、宗之助は二人に詫び、幸兵衛は事を穏便に済ませるために詫び金を渡します。
正体が露見したあとも、幸兵衛は弁天の傷に対する膏薬代を差し出しました。
見どころ
正体が明かされる瞬間
私が最大の見どころだと感じたのは、弁天小僧の正体が明らかになる瞬間です。
婚礼支度の買い物に来た美しい武家娘。
その腕から刺青がのぞき、玉島逸当によって男だと見破られます。
弁天小僧は伝法な正体を現し、「知らざあ言って聞かせやしょう」に続いて身の上と名を語ります。
美しさと荒々しさが同時に立ち上がると感じた場面です。
七五調の名ぜりふ
河竹黙阿弥の作品では、七五調のせりふが使われます。
弁天小僧の名乗りでは、「知らざあ言って聞かせやしょう」という冒頭から、江ノ島の稚児上がりであることを含む身の上が語られ、弁天小僧菊之助という名が明かされます。
黙阿弥ならではの七五調が耳に心地よく、せりふの言葉と音の運びを聞ける場面です。
稲瀬川でも、白浪五人男が一人ずつ七五調で名乗ります。
弁天小僧、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、日本駄右衛門の順に渡り台詞を述べ、捕手と渡り合う流れです。
稲瀬川勢揃いの華やかさ
稲瀬川勢揃いの場では、白浪五人男が番傘を持って花道へ並びます。
五人の姿は錦絵そのものと言われています。
弁天小僧を先頭にした五人が花道に並び、それぞれ七五調で名乗ります。
衣裳、立ち姿、構図の美しさがそろう絵面の見得が、私の感じた見どころです。
全編『青砥稿花紅彩画』の中での位置づけ
『弁天娘女男白浪』として上演されるのは、全編『青砥稿花紅彩画』のうち「浜松屋見世先の場」と「稲瀬川勢揃いの場」です。
全編では、弁天小僧と南郷力丸が、赤星十三郎、忠信利平とともに大盗賊・日本駄右衛門の手下となり、白浪五人男が誕生します。
その後、浜松屋の場、浜松屋の蔵前、稲瀬川勢揃い、極楽寺の大屋根での立廻りなどを経て、最後は名奉行・青砥藤綱が日本駄右衛門を捕らえます。
この全編の中でも人気の高いのが、「浜松屋見世先の場」と「稲瀬川勢揃いの場」です。
浜松屋では弁天小僧の正体が露見し、稲瀬川では五人男が勢揃いします。
黙阿弥の作品では、『十六夜清心』のあらすじも解説しています。

2027年1月 新歌舞伎座『壽 初春歌舞伎特別公演』での上演
2027年1月9日から24日まで、大阪・新歌舞伎座で「大阪国際文化芸術プロジェクト 壽 初春歌舞伎特別公演」が開催されます。
『弁天娘女男白浪』は昼の部で、「浜松屋見世先の場」と「稲瀬川勢揃いの場」を上演。
チケットの一般発売は11月30日です。
公式に発表されている配役は、次のとおりです。
| 役名 | 出演 |
|---|---|
| 弁天小僧菊之助 | 片岡愛之助 |
| 赤星十三郎 | 片岡孝太郎 |
| 鳶頭清次 | 中村種之助 |
| 浜松屋倅宗之助 | 中村歌之助 |
| 番頭与九郎 | 市川青虎 |
| 浜松屋幸兵衛 | 中村亀鶴 |
| 南郷力丸 | 市川猿弥 |
| 忠信利平 | 市川中車 |
| 日本駄右衛門 | 中村鴈治郎 |
新歌舞伎座での公演内容やチケットについては、「壽 初春歌舞伎特別公演」の紹介記事もあわせてご覧ください。

DVDで観た感想
私は、2010年3月の「さよなら歌舞伎座」公演で上演された『弁天娘女男白浪』をDVDで鑑賞しました。
建て替え前の歌舞伎座に別れを告げる公演で、出演は尾上菊五郎、尾上菊之助、中村吉右衛門、松本幸四郎です。
特に強く印象に残ったのは、弁天小僧の正体が明かされる瞬間でした。
腕から刺青がのぞき、武家娘の姿をしていた人物が名乗りを上げます。
美しさと荒々しさが同時に立ち上がり、ここが最大の山場だと感じました。
稲瀬川勢揃いの場では、衣裳、五人の立ち姿、花道に並んだときの構図が目に残りました。
衣裳・立ち姿・構図の美しさがそろう絵面の見得が、私の感じた見どころです。
初心者へのおすすめ度は、私の個人的な評価で星5つです。
弁天小僧は尾上菊五郎の当たり役。
私のおすすめは、八代目尾上菊五郎(旧名・四代目尾上菊之助)です。
おすすめの席
舞台全体を観るなら、私のおすすめは中央の7〜9列目あたり。
いわゆる「とちり席」です。
2階最前列の「天覧席」も、舞台全体を観るときの候補にしています。
この演目では花道がよく使われるため、ご贔屓の役者がいるなら「花道脇」や「どぶ席」もおすすめです。
稲瀬川勢揃いの場では、役者が七三にしばらく留まります。
私は、花道脇で見る価値が大きいと感じています。
よくある質問(FAQ)
- 「知らざあ言って聞かせやしょう」は何の場面ですか?
-
浜松屋で武家娘に化けていた弁天小僧が、玉島逸当に男だと見破られ、正体を明かす場面です。
この一言に続き、江ノ島の稚児上がりであることを含む身の上を七五調で語り、名を明かします。 - 「白浪五人男」と『弁天娘女男白浪』は同じ演目ですか?
-
『白浪五人男』は作品の通称であり、五人の盗賊の呼び名でもあります。
『弁天娘女男白浪』は、全編『青砥稿花紅彩画』から「浜松屋見世先の場」と「稲瀬川勢揃いの場」を上演するときの外題です。 - 歌舞伎初心者でも楽しめますか?
-
初心者へのおすすめ度は、私の個人的な評価で星5つです。
- 『青砥稿花紅彩画』とは何ですか?
-
『弁天娘女男白浪』の本名題で、白浪五人男をめぐる物語の全編です。
弁天小僧たちが日本駄右衛門の手下となって五人男が誕生し、最後は名奉行・青砥藤綱が日本駄右衛門を捕らえます。 - 弁天小僧はなぜ女装するのですか?
-
弁天小僧は美しい武家娘・お浪に化け、若党・四十八を装った南郷力丸と浜松屋に入ります。
その後、四十八がお浪の額の傷を言い立てて金を要求します。
歌舞伎をもっと楽しむためのおすすめ本
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歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ
『弁天娘女男白浪』は、女装した盗賊・弁天小僧菊之助と兄貴分の南郷力丸が、鎌倉雪の下の呉服店・浜松屋を訪れるところから始まります。
弁天小僧は美しい武家娘・お浪、南郷力丸は若党・四十八の姿です。
お浪が鹿子の裂を懐に入れると、番頭は万引きだと思い込み、その額を算盤で打ちます。
しかし鹿子は山形屋の品だと分かり、四十八は傷を言い立てて法外な金を要求。
店主の幸兵衛は詫び金を差し出します。
二人が帰ろうとしたところを玉島逸当が呼び止め、ちらりと見えた腕の刺青を証拠に、お浪が男だと見破ります。
弁天小僧は「知らざあ言って聞かせやしょう」に続き、江ノ島の稚児上がりであることを含む身の上を七五調で語り、名を明かしました。
続く稲瀬川勢揃いの場では、玉島逸当の正体が大盗賊・日本駄右衛門であることが分かります。
弁天小僧を先頭に、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、日本駄右衛門が番傘を持って花道へ並び、一人ずつ七五調で名乗って捕手と渡り合います。
五人が並ぶ姿は、錦絵そのものと言われる場面です。
浜松屋では弁天小僧の正体が露見し、稲瀬川では五人男が勢揃いします。
色彩美と音楽美、七五調のせりふをもつ『弁天娘女男白浪』。
2027年1月には、大阪・新歌舞伎座の昼の部で上演されます。

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