助六で一番自由な男|“股くぐりの人”の正体・通人里暁とは何者か

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助六の股をくぐる通人・里暁

歌舞伎の人気演目 助六由縁江戸桜 を観ていて、

「助六の前で股をくぐっていた、あの人は誰?」
「やたらしゃべる、あの自由すぎる人は何者?」

そんなふうに引っかかった方も多いはずです。

その正体が、通人(つうじん)・里暁(りぎょう)。

またくぐりをすることで助六の世界の中でも、ひときわ異彩を放つ存在です。

目次

「通人」という江戸の粋

通人とは、単なる物知りではありません。
江戸の遊びや作法に通じ、空気を読み、人情の機微を理解している“粋な大人”のこと。

いわば文化を遊び尽くしている人で、現代の「通(つう)」の語源にもなった言葉です。

そんな理想像を背負って登場する里暁ですが、実際に舞台に現れると、その印象はどこかズレています。
やわらかく、なよっとした雰囲気に、細く整えられた髷。言葉遣いも「でげす」「おっほん」と独特で、いかにも“通ぶっている”空気をまとっています。

この時点で、すでにただ者ではありません。

助六の前で起きる“股くぐり”という異様な光景

助六は、実は曽我五郎として宝刀・友切丸を探すため、喧嘩を仕掛けて相手に刀を抜かせています。

本来なら、刀を差していない相手は相手にしないはずです。
ところが里暁は、そんな理屈とは関係なく巻き込まれていきます。

助六に

「股ァくぐれ」

と言われた里暁は、懐から袱紗を取り出し、頭にのせ、地面を這うようにして股くぐりをします。

ここで注目したいのが、その袱紗です。

里暁が持っている袱紗は、表と裏で別々の紋が染め抜かれたリバーシブル仕様になっています。しかもその紋は、それぞれ助六と白酒売を演じる役者の家の紋。

つまり——

助六の股をくぐるときは、助六の紋が見える面を表に。
続いて白酒売の股くぐりをするときは、さりげなく袱紗を裏返し、今度は白酒売の紋を見せてくぐる。

一見するとただの滑稽な所作ですが、ここには

「役者への敬意」と「遊び心」を同時に成立させる、通人ならではの美意識

がしっかりと仕込まれています。

ただ笑わせるだけで終わらせず、こうした細部で“粋”を見せてくるあたりに、里暁というキャラクターの完成度の高さが表れています。

本当の見どころは「その後の自由さ」

里暁の真骨頂は、股くぐりのあとにあります。

花道を引っ込む際、客席に向かって語り出すのですが、その内容は毎回違います。楽屋の小ネタや役者の話、その時々の話題などを織り交ぜながら、ひとり語りを続けるのです。

完全にアドリブ。その自由さに、助六や白酒売ですら思わず苦笑するほど。

観る側にとっては、「今日は何を話すのか」というライブ感が生まれます。
ここに、歌舞伎ならではの“その日その時の面白さ”が凝縮されています。

物語を超えて“場”をつくる存在

里暁は物語を大きく動かす役ではありません。
それでも強く印象に残るのは、舞台の空気を一気に変える力を持っているからです。

助六の緊張感のある世界の中に、ふっと笑いや余白を生み、観客との距離を一気に縮める。

その瞬間、舞台はただの物語ではなく、「今この場で起きている出来事」に変わります。

そもそも『助六』とは?

ここまで通人・里暁にフォーカスしてきましたが、あらためて演目自体も軽く押さえておくと、より楽しめます。

助六由縁江戸桜 は、江戸・吉原を舞台にした華やかな世話物でありながら、実はしっかりとした物語の軸があります。

主人公の助六は、遊び人に見えてその正体は曽我五郎。
父の仇討ちに関わる宝刀「友切丸」を探すため、わざと股をくぐれと喧嘩を仕掛けて相手に刀を抜かせているのです。

一方で、吉原の花魁・揚巻との恋や、髭の意休、白酒売新兵衛(兄・十郎)との関係など、人物同士のドラマも見どころのひとつ。

そんな緊張感のある物語の中に、里暁のような“自由な存在”が入り込むことで、舞台全体に独特のリズムと余白が生まれています。

本筋を知ったうえで観ると、里暁の立ち位置や面白さもよりクリアに見えてきます。

■ もっと詳しく知りたい方はこちら

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まとめ:なぜ“あの人”が忘れられないのか

里暁のセリフは、その時々の流行や出来事を取り入れながら、日によって内容が変わることも多いようです。
観る日によってまったく違う話が飛び出すこともあり、特別な顔ぶれが揃った日には、思わぬ裏話が語られることもあるのかもしれません。

通人(洒落の人)である里暁は、観客をくすっと笑わせながら、場内の空気をやわらかくほぐしていきます。
ただの脇役にとどまらず、そのアドリブの出来ひとつで舞台全体の印象さえ左右しかねない——そんな重要な役どころです。

粋を気取っているのにどこか滑稽で、それでいて妙に格好いい。
里暁は、そんな不思議なバランスで成り立っているキャラクターでもあります。

そして何より、その魅力は一度きりでは終わりません。
その時々の空気を取り込みながら、舞台ごとに違う表情を見せてくれます。

だからこそ、助六由縁江戸桜 を観終えたあとにふと「あの股をくぐる人は誰だったんだろう」と思い出す。その余韻こそが、里暁という役のいちばんの魅力なのかもしれません。

近々あの人のまたくぐりを観られるのは2026年の團菊祭

今回の通人里暁を演じるのは尾上 右近さん、さてどんな風に團十郎の股くぐりを魅せてくれるのでしょうか

なお、2026年10月の平成中村座『助六』では、中村鴈治郎が通人里暁を勤めています。

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