藤娘(ふじむすめ)とは
『藤娘』は、大津絵に題材を取った歌舞伎舞踊(日本舞踊)の名作で、
藤の花の精が美しい娘の姿となって現れ、恋する女心を艶やかに踊る作品です。
黒の塗り笠に藤づくしの衣裳、藤の花枝を肩に担ぐ娘の姿は非常に印象的で、
現在でも日本人形や羽子板の押絵など、身近な意匠として親しまれています。
そのほか、『二人藤娘(ににんふじむすめ)』といって『藤娘』を、二人による「揃い」や「掛け合い」の美しさを強調してアレンジしたものもあります。
映画『国宝』でも演じられたのでそこで知った方も多いのではないでしょうか?
作品の世界とあらすじ
舞台に現れる娘は人間ではなく、藤の花の精。
恋しい男性への想い、浮気心への不満、甘え、切なさといった
女心の移ろいを、踊りと所作だけで表現していきます。
明確な物語展開はなく、衣裳を替えながら場面ごとに異なる感情を描くのが特徴です。
藤娘 場面ごとの詳細解説
藤の花の精、娘の姿となって現れる
舞台は大きな松の木に藤の花が垂れ下がる春景色。
そこに黒の塗り笠、藤づくしの衣裳、藤の枝を肩に担いだ娘が静かに現れます。
この娘は人間ではなく、藤の花の精。
現れたばかりの所作は控えめで、どこか人ならぬ気配を漂わせています。
藤の枝を担ぐ姿は、大津絵の藤娘そのものを立体化したような美しさで、
観客は一瞬にして絵画的世界へと引き込まれます。

若むらさきに とかえりの 花をあらわす 松の藤浪
人目せき笠 塗笠しゃんと 振かかげたる 一枝は
紫深き 水道の水に 染めて うれしきゆかりの色に
いとしと書いて藤の花 エエ しょんがいな
裾もほらほら しどけなく
鏡山 人のしがより この身のしがを
かへりみるめの 汐なき海に 娘すがたの はづかしや
笠の振り ― 男心への恨みとすねる女心
笠を使った振りに入ると、感情は一段深まります。
詞章「男ごころの憎いのは他の女子に……」に合わせ、
男の移り気をなじり、すね、拗ねてみせる娘が描かれます。
笠で顔を隠したり、そっぽを向いたりする仕草は、
怒りというより、甘えと寂しさの表現。
ここで初めて、恋の切なさと不安が前面に出てきます。
男ごころの憎いのは ほかのおなごに 神かけて
あはづと三井(みい)のかねごとも 堅い誓いの石山に
身はうつせみの から埼や まつ夜をよそに 比良の雪
とけて 逢瀬の あた妬ましい ようものせたにゃ わしゃのせられて
文も堅田の かただより こころ矢橋の かこちごと

藤音頭 ― 酔いの中にあふれる女心
物語の中心となる名場面、「藤音頭」です。
鉦(かね)の澄んだ金属音が響き、
娘は酒を少し呑まされ、ほろ酔い気分になります。
酔いに任せて、
- 帰ろうとする男を引き留める
- 甘えるように身を寄せる
- ふと我に返って恥じらう
といった、抑えていた本音が次々にこぼれ落ちます。
理性と感情が揺れ動く様が、リズミカルな踊りで表現されます。

藤の花房色よく長く
可愛いがろとて酒買うて 飲ませたら
うちの男松に からんでしめて
てもさても 十返りという名のにくや
かへるという忌み言葉
はなものいわぬ ためしでも
しらぬそぶりは ならのきょう
松にすがるも すきずき
松をまとうも すきずき
好いて好かれて
はなれぬ仲は ときわぎの たち帰えらで
きみとわれとか おゝ嬉し おゝうれし
両肌脱ぎ ― 無邪気さと色気の交錯
両肌脱ぎになると、曲調は一転して明るくなります。
ここでは、娘の無邪気さとほのかな色気が同時に現れます。
「まだ寝が足らぬ……藤に巻かれて寝とうござる」
という詞章に合わせ、寝そべったり、身を丸めたりする仕草は、
甘えきった恋心そのもの。
観客にとって最も「可愛い」と感じられる場面でもあります。
松を植よなら 有馬の里へ植えさんせ
いつまでも 変わらぬちぎり かいどりづまで よれつ もつれつ まだ寝がたらぬ
宵寝まくらの まだ寝が足らぬ 藤にまかれて 寝とござる
アア何とせうか どせうかいな
わしが小まくら お手まくら
空もかすみの夕照りに 名残惜しみて 帰る雁金

終幕 ― 花の精として去る
やがて鐘の音が響き、現実の気配が忍び寄ります。
娘はふと我に返り、藤の枝を担ぎ直します。
夕焼け空を飛ぶ雁を見上げるその姿は、
人間の恋心から離れ、再び藤の花の精へと戻っていく瞬間。
名残惜しさを残しながら、静かに幕。
見どころ
笠を使った振り
「男ごころの憎いのは他の女子に……」という詞章に合わせ、
男の移り気をなじり、すねてみせる姿は、
切なさの中に愛らしさがにじむ名場面です。
藤音頭(ふじおんど)
本作最大の見どころのひとつ。
鉦(かね)の金属的でリズミカルな音色に乗せ、
酒を少し呑まされ、ほろ酔い気分で恋しい男を思う踊りが展開されます。
帰ろうとする相手を引き留めるなど、女心があふれる振りが続きます。
両肌脱ぎの軽快な踊り
両肌脱ぎとなると曲調は一転して明るくなり、
「まだ寝が足らぬ……藤に巻かれて寝とうござる」という詞章に合わせ、
寝そべるような仕草を見せるなど、無邪気で可憐な魅力が際立ちます。
終幕の情景
やがて鐘の音が響き、
娘は藤の枝を担い、夕焼け空を飛ぶ雁を見上げて舞台を去ります。
幻想的で余韻の深い結末です。
成立と上演史
『藤娘』は、1826年(文政9年)に
『歌えす歌えす余波大津絵』という変化舞踊の一場として初演されました。
当初は「大津絵に描かれた人物が抜け出して踊る」という趣向でした。
1937年(昭和12年)、六代目尾上菊五郎が
「藤の花の精が現れて踊る」という演出に改めたことで、
現在の形が確立され、独立した舞踊として頻繁に上演されるようになります。
松の大木から垂れ下がる大きな藤の花の大道具や、
藤音頭の酔いの踊りなど、視覚・音楽ともに完成度の高い演目です。
まとめ
歌舞伎舞踊の『藤娘』は、
藤の花の精が恋に揺れる女心を舞に託した、女方舞踊の代表作です。
物語を語るのではなく、
しぐさ・衣裳・音楽によって感情そのものを描き出す点にこそ、
この舞踊の魅力があります。
春の舞台を彩る、可憐で艶やかな一曲として、
今もなお多くの観客を魅了し続けています。



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