『旅噂岡崎猫』は、四代目鶴屋南北作『獨道中五十三驛』、通称「岡崎の猫」の人気場面を一幕物として見せる歌舞伎です。
死んだはずの母と同じ姿をした老婆が現れ、その正体が猫の怪だと分かる怪談ですが、十二単、次々に現れる猫、外連(ケレン。観客を驚かせる大胆な趣向)を楽しむ舞台でもあります。
怖い話が得意でなくても、歌舞伎ならではの奇抜な舞台の絵に注目できる作品なのです。
2023年12月の歌舞伎座公演は約45分で、通し狂言より短い一幕でした。
この公演を収録した映像は衛星劇場で放送されることがあり、舞台を見逃した人にも鑑賞の機会があります。
この記事では、あらすじ、猫の怪の見どころ、原作との違い、岡崎の伝説との関係、映像の視聴方法まで順に見ていきましょう。
旅噂岡崎猫とは?初心者向けの基本情報
『旅噂岡崎猫』の読み方は「たびのうわさおかざきのねこ」。
東海道の岡崎宿の外れにある無量寺を舞台に、旅をする夫婦と、老婆に化けた猫の怪を描きます。
岡崎の古寺に現れる化け猫伝説を題材に、さまざまな趣向を盛り込んだ一幕です。
もとになった『獨道中五十三驛』は、東海道を旅する長編の通し狂言。
その中で人気の高い「岡崎無量寺」の場から、夫婦が寺に宿を求める筋、亡くなった母と同じ姿の老婆、十二単をまとった猫の怪といった趣向を取り出したのが『旅噂岡崎猫』です。
| 読み | たびのうわさおかざきのねこ |
| 脚本 | 奈河彰輔 |
| 補綴・演出 | 石川耕士 |
| 演出 | 二世市川猿翁 |
| 2023年12月歌舞伎座公演の上演時間 | 約45分 |
| 原作との関係 | 『獨道中五十三驛』の「岡崎無量寺」の場の趣向を独立させた一幕物 |
「補綴(ほてつ)」とは、既存の台本を、上演のために手直し・整理することです。
旅噂岡崎猫のあらすじと登場人物
由井民部之助と妻のお袖は、幼い子を連れて東海道を旅しています。
旅の目的は、主君の病が治るように祈願すること。
その道中で、二人はお袖の母・おさんが病死したと知るのです。
岡崎宿の外れまで来た一行は、無量寺に一夜の宿を求めました。
寺を預かっていたのは、おさんという老婆。
ところが、その顔は亡くなったはずのお袖の母と瓜二つです。
老婆は自分がよみがえったのだと話し、初孫を見て喜びます。
やがて、おさんは次々に現れる猫と戯れ、猫の怪としての本性を見せていきます。
亡くなった母と同じ姿をした老婆は何者なのか。
正体が猫の怪だと分かる、その先のやりとりは、ぜひ舞台で確かめてください。
由井民部之助
お袖の夫で、主君の病気平癒を願う旅を続ける人物です。
幼子と妻を伴って無量寺を訪れ、寺で起こる出来事に立ち会います。
見るときは、民部之助が怪談の舞台となる寺へ入っていく旅人であることを押さえれば十分。
2023年12月の歌舞伎座公演では、お袖とともに客席通路を練り歩く演出もありました。
お袖
民部之助の妻で、おさんの娘です。
母が病死したと知らされた後、無量寺でその母と同じ姿の老婆に出会います。
物語の中で担うのは、亡くなった人物と寺にいる老婆を結びつける役割。
おさんとの関係を知っておくと、なぜ老婆の登場が物語の大きな転換になるのかを追いやすくなります。
おさん(実は猫の怪)
無量寺を預かる老婆として夫婦を迎えますが、その正体は猫の怪です。
歌舞伎の配役で使われる「実は」という表記は、「表向きはおさん、正体は猫の怪」という意味を示すもの。
老婆の姿で現れ、初孫を喜び、猫と戯れながら本性を見せていく役どころ。
人間の老婆としての姿と猫の怪としての姿を、一人の俳優がどのようにつなげるのかが注目点です。
旅噂岡崎猫の見どころ|化け猫をどう楽しむ?
怖い?初心者でも楽しめる?
死んだはずの母と同じ姿の老婆や、その正体である猫の怪が登場するため、物語はたしかに怪談です。
ただし、怖さだけを見せる一幕ではありません。
十二単をまとった怪猫、次々に現れる猫、客席通路を使った旅の場面など、目で追える趣向が用意されているのです。
歌舞伎を初めて観るなら、せりふを一語ずつ理解しようと構えなくても大丈夫です。
「夫婦が無量寺に泊まる」「死んだはずの母に似た老婆がいる」「その正体は猫の怪」という流れを押さえ、登場の仕方や衣裳、動きへ目を向けてみてください。
筋を見失いにくくなります。
十二単をまとった猫の怪
この演目を象徴するのが、十二単をまとって現れる猫の怪です。
十二単は平安時代の貴婦人の正装。
それを怪猫が身につけるという、予想しにくい取り合わせが大きな見どころになっています。
まず衣裳の形や重なりに目を向け、その中にいるのが猫の怪だと思い出してみてください。
貴婦人の装いと怪異が同時に舞台へ現れるため、一つの姿の中に華やかさと不気味さがあります。
物語を詳しく知らなくても理解しやすい、視覚的な趣向です。
老婆から猫の怪へ
おさんは、初めから猫の怪の姿で登場するわけではありません。
亡くなった母と同じ顔の老婆として夫婦を迎え、よみがえったのだと語り、初孫を喜びます。
その後、猫たちと戯れながら本性を現していく構成です。
親しみのある人間の姿が崩れていくところに怖さを見いだす、という読み方もできます。
表情、姿勢、手の動きなど、どこから老婆ではないものが見え始めるのか。
変化を一度に探すより、一つの動きを追うと演技の見どころをつかみやすくなります。
2023年の歌舞伎座公演では客席通路も使った
2023年12月の歌舞伎座公演では、由井民部之助とお袖が客席通路を練り歩きました。
旅をする夫婦が舞台の枠内だけでなく、観客席に近い場所も通ったのです。
無量寺の場面では、おさんの周囲に猫が次々と現れます。
夫婦の旅、寺で出会う老婆、集まってくる猫という順に、目の前へ加わるものを追ってみましょう。
詳しいせりふを聞き取れない部分があっても、誰がどこにいるかを見れば筋をたどれます。
ケレン味
『旅噂岡崎猫』は、趣向に富んだ演出とケレンを楽しめる一幕です。
猫の怪を小さく隠すのではなく、十二単という目を引く姿で見せるところにも、大胆な発想が表れています。
ケレンを楽しむときは、「本物らしく見えるか」だけで判断しなくてもかまいません。
どのような発想で観客を驚かせようとしているのか、舞台上のどこへ視線を導いているのかを見ると、怪談とは別の面白さが見えてきます。
原作『獨道中五十三驛』と「岡崎の猫」の歴史
『獨道中五十三驛』とは
原作の『獨道中五十三驛』は「ひとりたびごじゅうさんつぎ」と読み、通称は「岡崎の猫」です。
四代目鶴屋南北作の六幕の時代世話物で、1827年に江戸の河原崎座で初演されました。
物語は京都を振り出しに江戸を目指し、由留木家に伝わる二つの家宝をめぐって、敵と味方が東海道五十三次の宿々を駆け巡ります。
ほかにもさまざまな有名な物語を取り込み、弥次・喜多も登場する夏狂言。
その中に岡崎の化け猫の怪が置かれています。
南北の怪談では、『東海道四谷怪談』もよく知られています。
『旅噂岡崎猫』だけを観る場合、原作のすべての人物関係を覚える必要はありません。
岡崎無量寺に宿を求める夫婦、老婆に化けた猫の怪、十二単という三つの要素を知っておけば、一幕の中心を追えるでしょう。
原作を先に知るか、一幕から入るかは好みで選べます。
1981年の復活と澤瀉屋
『獨道中五十三驛』は長く上演が途絶えていましたが、1981年に三代目市川猿之助、後の二世市川猿翁が歌舞伎座で復活上演しました。
澤瀉屋の中でも特に人気が高く、2026年時点で12回再演されています。
澤瀉屋(おもだかや)とは、市川猿翁・猿之助の一門の屋号。
『獨道中五十三驛』は、澤瀉屋の代表的な演目群である「三代猿之助四十八撰」の一つに数えられています。
脚本の奈河彰輔は松竹の脚本家・演出家で、1964年から復活狂言の台本を手がけ、三代目市川猿之助と組んで『伊達の十役』『小笠原騒動』などを制作しました。
通し上演の見せ場と『旅噂岡崎猫』の違い
通し上演では、序幕の岡崎無量寺で化け猫の宙乗り、箱根大滝で本水の大滝、大詰で十二役の早替りといった見せ場が紹介されてきました。
宙乗りとは、俳優が舞台や客席の上空を移動する演出です。
2014年10月の新橋演舞場の通し上演については、化け猫の怪異、宙乗り、水中での立廻り、早替りの踊りなど、さまざまな見せ場がある作品として紹介されました。
通し上演の見せ場が置かれているのは、岡崎無量寺のほか、箱根大滝や大詰など、物語の各所です。
| 比較する項目 | 『旅噂岡崎猫』 | 原作『獨道中五十三驛』 |
|---|---|---|
| 作品の形 | 一幕物 | 六幕の通し狂言 |
| 描く範囲 | 岡崎無量寺の趣向 | 京都から江戸までの東海道の旅 |
| 2023年12月歌舞伎座公演での上演時間 | 約45分 | 長編 |
この表の通り、『旅噂岡崎猫』は原作全体の短縮版というより、岡崎無量寺の趣向を一幕として取り出した作品です。
原作では、東海道の旅と家宝をめぐる争いの中に化け猫の場面が登場します。
一方の『旅噂岡崎猫』は、無量寺を訪れる夫婦と猫の怪に範囲を絞ったもの。
2026年の歌舞伎町大歌舞伎では、二幕目の岡崎無量寺で、十二単をまとって宙を飛ぶ猫の怪を市川中車が初役で勤めました。
石川耕士が二幕目と大詰の補綴・演出を担当した公演です。
これは『旅噂岡崎猫』ではなく、原作『獨道中五十三驛』の上演例にあたります。

岡崎の化け猫伝説|日本三大化け猫騒動とは
「岡崎の猫」は、実際の事件をもとにした話ではありません。
四代目鶴屋南北が歌舞伎『獨道中五十三驛』の中で創作した物語です。
岡崎という地名や無量寺が登場しても、史実として起きた猫騒動を再現した作品ではない点を押さえておきましょう。
日本各地にある化け猫の伝説のうち、佐賀の鍋島の化け猫騒動、有馬の猫騒動、岡崎の猫騒動は「日本三大化け猫騒動」として知られています。
ただし、岡崎の話が歌舞伎で創作されたものであるため、岡崎の代わりに徳島のお松大権現を入れ、「日本三大怪猫伝」とする場合もあるのです。
岡崎市羽栗町の無量寺は、怪談の舞台とされている寺です。
2024年9月の岡崎歌舞伎公演(岡崎市民会館)で、演目の一つに『旅噂岡崎猫』が組まれました。
老婆役の市川青虎は、公演前に怪談の舞台とされる無量寺を訪れています。
公演前の報道で伝えられたのは、人の手が入っていない寺を表すため、セットを崩していく演出になるということ。
猫が人の姿に化ける話や、行灯の油をなめる猫の怪は、歌舞伎の化け猫物で扱われてきました。
『獨道中五十三驛』では、十二単を着た怪猫が行灯の油をなめる趣向が知られています。
2023年12月の歌舞伎座公演の配役
2023年12月の歌舞伎座「十二月大歌舞伎」では、第一部の一本目として『旅噂岡崎猫』が上演されました。
第一部の二本目は、超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』。
怪談の一幕と超歌舞伎を組み合わせた二本立てです。
| 役名 | 出演 |
|---|---|
| おさん実は猫の怪 | 坂東巳之助 |
| 由井民部之助 | 中村橋之助 |
| お袖 | 坂東新悟 |
旅噂岡崎猫を観るには
2023年12月に歌舞伎座で収録された『旅噂岡崎猫』は、衛星劇場で番組として放送されています。
出演は坂東巳之助、中村橋之助、坂東新悟。
放送予定は、視聴前に衛星劇場の番組表や最新のラインナップで確認してください。
観る前に覚えておきたいのは、「旅をする夫婦」「死んだはずの母」「老婆の正体」「十二単の猫」という四つのキーワードです。
これだけで導入から怪異の登場までを整理できるのです。
原作の長い物語や東海道の宿場を、すべて予習する必要はありません。
最初は、民部之助とお袖が幼子を連れて旅をしていることを確認します。
次に、無量寺で会うおさんの姿に注目してみてください。
お袖の母は亡くなったはずなのに、同じ姿の老婆がなぜ寺にいるのか。
この一点が怪談への入口です。
映像で観る場合は、一度目に物語の流れ、二度目におさんの動きや衣裳を見る方法もあります。
2023年12月の歌舞伎座公演は約45分で、六幕の通し狂言より短い一幕でした。
同じ映像を見直すときも、人物、猫、十二単、客席通路と注目先を変えられます。

旅噂岡崎猫のよくある質問(FAQ)
- 『旅噂岡崎猫』はどこで観られますか?
-
2023年12月に歌舞伎座で収録された舞台が、衛星劇場で番組として放送されています。
放送日は衛星劇場の番組表や最新のラインナップで確認してください。 - 怖い演目ですか?初心者でも楽しめますか?
-
死んだはずの母と同じ姿の老婆や猫の怪が登場する怪談です。
一方で、十二単をまとった怪猫、次々に現れる猫、客席通路を使った演出など、視覚的な趣向にも注目できます。 - 原作『獨道中五十三驛』との違いは何ですか?
-
『獨道中五十三驛』は、京都から江戸へ向かう東海道の旅を描く六幕の通し狂言です。
『旅噂岡崎猫』は、その中の岡崎無量寺の趣向を一幕物として独立させています。 - 岡崎の猫は実話ですか?
-
実際の事件をもとにした話ではありません。
四代目鶴屋南北が『獨道中五十三驛』の中で創作した歌舞伎の物語で、岡崎市羽栗町の無量寺が怪談の舞台とされています。 - 上演時間はどれくらいですか?
-
2023年12月の歌舞伎座公演は約45分でした。
一幕物で、六幕の通し狂言よりずっと短い上演でした。 - 題名は何と読みますか?
-
「たびのうわさおかざきのねこ」と読みます。
原作『獨道中五十三驛』の読みは「ひとりたびごじゅうさんつぎ」で、通称は「岡崎の猫」です。
歌舞伎が初めての方へ
歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ|旅噂岡崎猫は華やかさも味わえる怪談
『旅噂岡崎猫』は、旅をする由井民部之助とお袖が岡崎の無量寺に宿を求め、亡くなった母と同じ姿の老婆に出会う一幕です。
老婆の正体は猫の怪。
十二単、猫たちの登場、老婆から本性を現していく演技、ケレンに注目すると、怪談の筋と歌舞伎の趣向を一緒に楽しめます。
原作は四代目鶴屋南北の六幕物『獨道中五十三驛』で、『旅噂岡崎猫』は人気の岡崎無量寺の趣向を独立させた作品です。
2023年12月の歌舞伎座公演は約45分で、その収録映像が衛星劇場で放送されています。
最新の放送予定は、衛星劇場のラインナップ記事で確認してみてください。

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