『茨木(いばらき)』は、鬼女・茨木童子と武将・渡辺綱の対決を描いた、緊張感あふれる舞踊劇です。
妖艶さ、不気味さ、そして豪快な様式美が凝縮された演目で、尾上菊五郎家ゆかりの「新古演劇十種」のひとつとして知られています。
美女に化けた鬼が、斬り落とされた自らの腕を取り返しに来る――。
静かな心理戦から、一気に鬼の本性が露わになる展開は、まさに歌舞伎ならではの醍醐味です。
『茨木』は「新古演劇十種」の一作
『茨木』の題名には、「新古演劇十種(しんこえんげきじゅっしゅ)」という言葉が付きます。
これは尾上菊五郎家に伝わる“家の芸”をまとめた作品群のこと。
市川團十郎家の「歌舞伎十八番」「新歌舞伎十八番」に対抗する形で、五代目・六代目尾上菊五郎親子によって完成されました。
尾上家は古くから妖怪変化の芝居を得意としており、「新古演劇十種」にも怪異や鬼を題材にした作品が多く含まれています。
その中でも『茨木』は、
- 女方の美しさ
- 鬼の凄み
- 舞踊としての技巧
を同時に味わえる代表作です。
新古演劇十種『茨木』|あらすじ・見どころ・片腕で魅せる鬼女の舞あらすじ
本作は、平安時代を舞台に、渡辺綱が羅生門で鬼の腕を切り落としたという有名な伝説(『羅生門』)の「その後」を描いたアフターストーリーです。
東寺羅生門には、“茨木童子”と呼ばれる恐ろしい鬼が現れるという噂がありました。
源頼光の家臣・渡辺源次綱は羅生門へ向かい、鬼と激しく戦います。
綱は見事、鬼の左腕を斬り落としますが、鬼はそのまま逃げ去ってしまいます。
陰陽師・阿部晴明は、
「鬼は七日七夜のうちに腕を取り返しに来る」
と占い、綱に物忌みを命じます。
鬼の腕は箱に納め、固く封印されるのでした。
そして迎えた七日目の夕方。
厳重に門を閉ざした渡辺邸へ、綱の伯母・真柴が訪ねてきます。
真柴は綱の育ての親でもあり、母のような存在でした。
綱は事情を説明して帰ってもらおうとしますが、
「育ての親に対して冷たい」
と嘆く真柴に情を動かされ、ついに屋敷へ招き入れてしまいます。
やがて座敷では舞が始まり、
- 太刀持の音若
- 真柴
- 綱
が順に舞を披露します。
綱は、平井保昌とともに羅生門へ向かい、茨木童子と戦った時の様子を、躍動感ある踊りで語ります。
その話を聞いた真柴は、鬼の腕を見せてほしいと頼みます。
綱が箱を開けて腕を見せた瞬間――
真柴は鬼の腕を掴み、恐ろしい正体を現します。
実は真柴こそ、茨木童子だったのです。
茨木童子は唐櫃を蹴り飛ばして左腕を奪い逃走。渡辺綱が追いかけます!
今度は恐ろしい鬼の姿で茨木童子が舞台に現れます。
頭には角が生え、手には鉄杖を持ち、鬼を表す茶色の迫力ある隈取りです。
完全に鬼の姿となった茨木童子は、綱と激しく争います。
最後は常式幕がひかれ花道には茨木童子が残ります。
取り返した左手をかかげて茨木童子は片手六方で飛び去り幕となります。
『茨木』|見どころ
左腕を使わず踊る“真柴”の不気味さ
『茨木』最大の見どころのひとつが、真柴の舞です。
この時点で茨木童子は左腕を失っているため、役者は
- 左手を完全に袖の中へ隠す
- あるいは見えていても決して動かさない
という状態で舞います。
しかも、
- 綱から見れば自然
- 観客から見るとどこか不気味
に見えなければならないため、非常に高度な技術が必要になります。
右腕だけで優雅さと妖気を表現する演技は、まさに女方の腕の見せどころです。
綱の“羅生門”語り
綱が鬼退治を語る場面も大きな見せ場。
羅生門で茨木童子と遭遇し、腕を斬り落とした時の様子を、舞踊と立廻りを交えながら語ります。
静かな座敷の場面でありながら、戦いの迫力が感じられる印象的なシーンです。
幕切れの豪快な見得
終盤、鬼が腕を奪い返して飛び去ったあと、綱が太刀を抜き放ち、大口を開けて見得を切る場面は圧巻。
非常にスケール感がありながら、決して荒々しすぎず、美しい構図として成立しているのが歌舞伎らしい魅力です。
尾上家の様式美が凝縮された幕切れといえるでしょう。
主な登場人物
茨木童子(いばらきどうじ)
羅生門に現れる悪鬼。
斬り落とされた左腕を取り返すため、綱の伯母・真柴に化けて屋敷へ入り込みます。
妖艶さと恐ろしさを兼ね備えた難役です。
渡辺源次綱(わたなべのげんじつな)
源頼光四天王の一人。
羅生門で茨木童子の腕を斬り落とした武勇の士です。
豪胆ですが、育ての親である真柴への情によって隙を見せてしまいます。
真柴(ましば)
綱の伯母。
……と思われていた人物。
育ての親として綱に接近しますが、その正体は茨木童子です。
音若(おとわか)
綱の太刀持。
座敷で最初に舞を披露します。
『茨木』はこんな人におすすめ
- 鬼や妖怪が登場する歌舞伎が好き
- 女方の技巧をじっくり見たい
- 舞踊劇を楽しみたい
- 短時間で歌舞伎らしさを味わいたい
そんな人に特におすすめの演目です。
新古演劇十種『茨木』まとめ
『茨木』は、鬼女・茨木童子が美女に化け、失った腕を取り返そうとする妖気漂う舞踊劇です。
特に、
- 左腕を使わず踊る真柴の舞
- 羅生門の戦いを語る綱
- 豪快な幕切れの見得
は大きな見どころ。
尾上菊五郎家の“家の芸”として磨き上げられた、美しさと怪奇が同居する名作です。

六月博多座での上演が決定。
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