立役(たちやく)とは?意味・種類(実悪・敵役・二枚目など)をわかりやすく解説

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大波と編笠をかぶった旅姿の人物を組み合わせたイラスト

歌舞伎の舞台には、豪快な英雄から憎らしい悪役、色気のある二枚目まで、実にさまざまな男性の役柄が登場します。

「立役」とはそもそもどんな役柄なのか? 実悪や敵役、二枚目とはどう違うのか? 女方とはどう対応するのか?

この記事では、歌舞伎の「立役(たちやく)」という役柄について、意味・語源・分類から代表的な役どころ、屋号との関係まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。

歌舞伎を観劇する前に立役の種類を知っておくと、役者の演技のどこに注目すればよいかが見えてきて、舞台がぐっと楽しくなります。
一口に「男の役」といっても、荒事の豪快なヒーローと、和事の柔らかな色男とでは、求められる声の出し方も体の動かし方もまったく異なります。
その違いを知ることは、歌舞伎という芸能の奥行きを知ることでもあります。

目次

立役とは?意味と語源

立役(たちやく)とは、歌舞伎において男性の役柄を演じる役者、またはその役柄そのものを指す言葉です。
広い意味では「女方」に対する「男役全般」を指し、武士・町人・英雄・悪人まで、あらゆる男性の役を含みます。

一方で狭い意味では、立役は善人で思慮深い、品格のある男性の役に限定して使われることもあります。
この場合、芯からの悪人である「敵役」や、笑いを主とする「道化役」、老人を演じる「老役」などは区別されます。
もともと歌舞伎の役者の職掌は、立役・敵役・道化役・老役などがそれぞれ独立した専門分野として扱われていた時代もありました。
しかし時代を経るにつれて、こうした職掌の垣根は次第に薄れていきました。
現代の歌舞伎界では、同じ役者が舞台や演目によって立役としての善人役も、敵役としての悪人役も演じ分けることが一般的です。

語源については諸説ありますが、三味線などを弾いて座って演奏する「地方(じかた)」に対して、舞台に立って演技をする者という意味の「立方(たちかた)」から転じたとする説が有力です。

また、一座の中で最も格の高い立役は「座頭(ざがしら)」と呼ばれ、一座全体を率いる中心的な存在として扱われます。
女方の最高位が「立女形(たておやま)」と呼ばれるのに対応し、座頭は主に立役の中から選ばれる一座の顔ともいえる立場です。

立役と女方の違い

歌舞伎の役柄は大きく、立役と女方の二つに分けられます。

役柄演じる役特徴
立役(たちやく)男性の役力強さ・気品・色気など多彩な演技が魅力
女方(おんながた)女性の役優雅で繊細な所作が特徴

女方が「様式化された理想の女性美」を追求する役柄であるのに対し、立役は武士の忠義、恋の情感、悪の凄み、正義のヒーロー像など、男性が持つあらゆる側面を演じ分ける役柄です。
同じ立役という枠の中でも、演じる役どころによって求められる芸はまったく異なります。

女方についての詳しい歴史や技芸は、以下の記事で詳しく解説しています。

立役の三大分類:荒事・和事・実事

立役は演じる役柄の性格によって、大きく「荒事」「和事」「実事」の三つに分類されます。
それぞれの違いを見ていきましょう。

荒事系の立役:超人的な正義のヒーロー

荒事(あらごと)は、超人的な力を持つ正義の勇者を、勇猛で豪快な演技によって表現する役どころです。
非現実的な霊力によって悪人を退治するという筋立てが多く、江戸歌舞伎独特の様式美として発展しました。

荒事は初代市川團十郎が創始したとされ、以来市川團十郎家(屋号:成田屋)のお家芸として代々受け継がれています。
顔に隈取を施し、大見得を切る豪快な演技は、歌舞伎を象徴するイメージのひとつといえるでしょう。
市川團十郎家に代々伝わる家の芸を集めた「歌舞伎十八番」には、荒事の代表作が数多く選定されており、市川團十郎家の芸の集大成として現在も大切に受け継がれています。

和事系の立役:色気ある「二枚目」

和事(わごと)は、男女の情愛を柔らかな所作で表現する、柔弱な色男の役どころです。
上方(京都・大坂)で発達した芸で、恋にやつれる若旦那や、女性との濡れ場を得意とする役柄を指します。

芝居の番付(出演者一覧)で、和事の役者の名前が二番目に書かれたことから「二枚目」という言葉が生まれたとされています。
現在も「二枚目俳優」という言葉が一般に使われているのは、この歌舞伎用語が語源です。
和事の中でも、意気地のない優柔不断な若旦那を演じる役どころは「つっころばし」と呼ばれ、上方和事らしいユーモラスな味わいを持ちます。

実事系の立役:物語を締めくくる「捌き役」

実事(じつごと)は、円満な常識をそなえ、理非分別のあるすぐれた人物を演じる役どころです。
劇中で起きた問題を解決し、物語のしめくくりをつける役割を担うことが多いため「捌き役(さばきやく)」とも呼ばれます。

実事の中でも、柔らかみのあるさわやかな役どころは「和実(わじつ)」、忍耐を強いられながらも耐え忍ぶ役どころは「辛抱立役(しんぼうたちやく)」と呼ばれます。
『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助のように、忠義に厚く思慮深い人物像は実事の代表例としてよく挙げられます。

立役の中の「敵役」:実悪・色悪・半道敵

立役を広い意味(男役全般)で捉えた場合、悪人を演じる「敵役(かたきやく)」も立役に含まれます。
敵役にもいくつかのタイプがあり、それぞれ演技のスタイルが異なります。

  • 実悪(じつあく):悪の中の悪、いわば「悪役の親玉」。白塗りの顔に威厳のある鬘(かつら)を用い、大掛かりな謀反や悪事を企む大物を演じる
  • 色悪(いろあく):二枚目の色気と悪の凄みを兼ね備えた美貌の悪人。女性をだます「女殺し」の役どころが多い
  • 半道敵(はんどうがたき):道化の要素を持つ、いわば憎めない悪役。「チャリ敵」とも呼ばれ、笑いを誘う軽妙な悪事を演じる
  • 国崩し(くにくずし):一国を滅ぼしかねないほどの大きな野望を抱く、スケールの大きな悪人役

敵役は主役の立役と対峙することで物語に緊張感を生む、なくてはならない存在です。
実悪の重厚な悪、色悪の妖しい魅力、半道敵のユーモアと、悪役ひとつとっても表現の幅は非常に広いことがわかります。
特に色悪は、女性を惑わす美貌と冷酷さを同時に見せる難しい役どころとされ、優れた色悪を演じられる役者は数少ないともいわれます。

豆知識:顔に施す「隈取」の色にも意味があります。赤い隈取は正義や勇気を表す荒事の主人公に、青い隈取は悪や恐怖を表す敵役に用いられることが多く、色だけでもおおよその役どころを見分けることができます。

そのほかの立役の役どころ

立役には、これまで紹介した以外にも、年齢や境遇によって細かく役どころが分かれています。

  • 若衆方(わかしゅがた):前髪立ちの少年・若者を演じる、初々しさと華やかさが持ち味の役どころ
  • 老け役(ふけやく):老人を演じる役どころ。円熟した貫禄や人生の重みを表現する
  • 男伊達(おとこだて):町人でありながら弱きを助け強きをくじく、江戸っ子気質の侠客役
  • 三枚目:滑稽で笑いを誘う役どころ。番付の三番目に書かれたことが語源とされる

若衆方は元服前の少年を演じることが多く、恋物語の主人公として登場する場合には和事的な要素も加わります。
老け役は単に年老いた人物というだけでなく、長年の人生経験に裏打ちされた説得力ある佇まいが求められる、経験豊かな役者ならではの役どころです。
男伊達は江戸の町人文化を象徴する役柄で、義理人情に厚く、喧嘩や意地の張り合いの場面でも観客を惹きつける魅力があります。

このように立役ひとつを取っても、荒々しい豪傑から柔らかな色男、重厚な悪人、笑いを誘う道化まで、実に幅広い人間像が含まれています。
ひとりの役者が舞台や演目によって荒事も和事も敵役も演じ分けることも珍しくなく、役者の芸の幅広さそのものが立役という役柄の奥深さを物語っています。

屋号・家系と立役の関係

歌舞伎の世界では、それぞれの家系が受け継ぐ「お家芸」と、立役の役どころが密接に結びついています。

代表的な例が、市川團十郎家(屋号:成田屋)による荒事です。
初代市川團十郎が確立して以来、荒事は成田屋の芸として代々受け継がれ、市川宗家に許された演目「歌舞伎十八番」にも荒事の名作が数多く含まれています。

一方、和事は上方(関西)の歌舞伎で発達した芸です。
上方歌舞伎の名門である片岡仁左衛門家(屋号:松嶋屋)は、和事や実事に定評のある家系として知られており、上方歌舞伎の伝統を今に伝える存在とされています。
実事や辛抱立役についても、家系によって得意とする芸風の違いがあり、どの家に生まれ、誰に師事したかによって、役者が磨いていく立役の色合いも変わってきます。

歌舞伎を観るときに「この役者の家はどんな芸を得意とするのか」を意識してみると、同じ立役でも役者ごとの持ち味の違いがより鮮明に見えてきます。

立役の芸を堪能できる代表的な演目

立役のさまざまなタイプを見比べたいなら、次のような演目がおすすめです。

「暫(しばらく)」:荒事の代表作。鎌倉権五郎が大音声で「しばらく!」と登場し、悪人たちを一喝する豪快な荒事の醍醐味を味わえる一幕。

『仮名手本忠臣蔵』:大星由良之助をはじめとする実事の役どころが多数登場する、義理と忠義の物語。捌き役としての立役の懐の深さが光る。

『助六由縁江戸桜』:江戸っ子の男伊達・助六が主人公。
和事的な色気と江戸の粋を兼ね備えた、立役の魅力が凝縮された演目。

立役の演技で特に印象的な瞬間が、感情の高まりを一瞬の静止で見せる「見得」です。
荒事の主人公が悪人を睨みつける大見得、実事の主人公が決意を固める場面での見得など、立役の見得は役どころによって表情も迫力もさまざまです。
見得の意味や種類を知っておくと、立役の見どころをより深く楽しめます。

立役にも、役者の持ち味と役柄の相性を表す「ニン」という考え方があります。
詳しくは歌舞伎の「ニン(仁)」とはで解説しています。

歌舞伎が初めての方へ

歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ

立役とは、歌舞伎において男性の役柄を演じる役者、またはその役柄の総称です。
広い意味では女方に対する男役全般を指し、狭い意味では善人で品格のある役に限られます。

立役の中には、超人的な正義のヒーローを演じる荒事、色気ある二枚目を演じる和事、物語を締めくくる実事(捌き役)という三大分類があり、さらに実悪や色悪といった敵役、若衆方や老け役といった役どころも含まれます。
屋号・家系によって得意とする芸風も異なり、その組み合わせを知ることで歌舞伎観劇の楽しみは何倍にも広がります。

次に歌舞伎を観る機会があれば、舞台上の立役がどの役どころに当たるのかを意識してみてください。
荒事なら隈取や声の大きさに、和事なら仕草の柔らかさに、実事なら台詞まわしの落ち着きに、それぞれ注目してみましょう。
役柄の違いを知るだけで、同じ舞台がまったく違って見えてくるはずです。

立役のよくある質問(FAQ)

立役とはどういう意味ですか?

歌舞伎において男性の役柄を演じる役者、またはその役柄の総称です。
広い意味では女方に対する「男役全般」を指し、武士・町人・英雄・悪人まで幅広く含まれます。
狭い意味では、善人で品格のある役に限定して使われることもあります。

立役と女方の違いは何ですか?

立役は男性の役、女方は女性の役を演じる役柄です。
女方が優雅で様式化された女性美を追求するのに対し、立役は豪快な英雄像から色気ある二枚目、重厚な悪役まで、多彩な男性像を演じ分けます。

立役の中の「二枚目」とはどんな役ですか?

和事系の立役の中でも、恋愛を得意とする色男の役どころを指します。
芝居の番付で名前が二番目に書かれたことが語源とされ、現在使われる「二枚目俳優」という言葉もここから生まれました。

敵役も立役に含まれますか?

広い意味での立役(男役全般)には敵役も含まれます。
実悪・色悪・半道敵など複数のタイプがあり、悪役でありながら物語に欠かせない存在として独自の芸が磨かれています。

立役は特定の家系でないと演じられないのですか?

そのようなことはありません。
荒事なら市川團十郎家、和事なら片岡仁左衛門家のように、家系ごとに得意とする芸風はありますが、実際にはさまざまな家系の役者が荒事・和事・実事のいずれも稽古を重ねて演じています。
生まれた家の芸風は、あくまで役者の個性を形づくる要素のひとつと考えるとよいでしょう。

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