「拙者親方と申すは――」
早口言葉で有名な『外郎売(ういろううり)』。
発声練習で知っていても、実はこれが“仇討ちを描く歌舞伎”だと知る人は意外と多くありません。
『外郎売』は、市川團十郎家のお家芸である歌舞伎十八番のひとつ。
薬売りの軽妙な口上から、曽我五郎の荒事へと一気に転じる、ことばの芸と豪快な演技の両方を味わえる人気演目です。
この記事では、外郎とは何か、あらすじ、長台詞の意味、見どころまでわかりやすく解説します。
外郎売とは?
『外郎売』は、歌舞伎十八番のひとつで、市川團十郎家(成田屋)のお家芸として伝わる演目です。
もともとは曽我兄弟の仇討ちを描く曽我物の一場面で、現在は独立して上演されることもあります。
「早口言葉の演目」という印象が強いですが、本質は言葉の芸と荒事が融合した歌舞伎らしい作品です。
現在上演される形は、十二代目市川團十郎が1980年に演じた形がもとになっています。
外郎とは何か

「外郎」とは、現在お菓子として知られる“ういろう”ではなく、小田原名物の薬を指します。
歌舞伎の『外郎売』に登場するのも、この薬です。
伝承では、二代目市川團十郎が声を失った際、この外郎を飲んで回復し、その恩義から芝居にしたいと望んだことが演目成立の由来とされています。
つまり『外郎売』は、実在の薬にまつわる逸話から生まれた芝居でもあります。
外郎売のあらすじ
舞台は、源頼朝による富士の巻狩りを前にした、工藤佐衛門祐経の酒宴の場。
仇討ちで知られる曽我兄弟の父の仇である工藤祐経は、部下の小林朝比奈や梶原景時らを従え、遊女たちを侍らせて宴を開こうとしています。
そこへ、
「小田原名物、ういろうはいらっしゃりませぬか」
という売り声とともに、薬売りの外郎売が現れます。
興味を持った祐経は、外郎売を呼び寄せます。
外郎売は、名前を問われると巧みにかわしながら、外郎の由来と効能を語る長大な口上を披露。
その見事な話術に、その場の人々は感嘆します。
さらに、茶道珍斎が「それほど効く薬なら」と外郎を試し、早口言葉に挑む滑稽な場面も入り、舞台は笑いに包まれます。
しかし——
和やかな空気は一変します。
外郎売は突然、工藤祐経に迫ろうとします。
実は外郎売の正体は、父の仇を討つため薬売りに変装した曽我五郎時致だったのです。
そこへ兄の曽我十郎祐成も駆けつけ、兄弟はついに仇敵・祐経へ挑みかかります。
しかし祐経は多くの家臣に守られ、討つことはできません。
血気にはやる五郎を朝比奈がなだめるなか、祐経は兄弟の覚悟に心を動かされます。
そして、富士の巻狩りが終われば、潔く討たれようと約束し、狩場の図面を兄弟に与える。
こうして、今は時を待てと仇討ちは先送りされ、幕となります。
軽妙な言葉の芸から、緊張感ある仇討ち劇へ。
この鮮やかな転換こそ、『外郎売』の醍醐味です。
外郎売は「曽我物」のひとつ
『外郎売』は、曽我兄弟の仇討ちを描く「曽我物」のひとつです。
外郎売の正体が曽我五郎だとわかることで、この演目は単なる早口言葉ではなく、
仇敵に近づくための“変装劇”
として見えてきます。
この背景を知ると、口上の場面にも緊張感が生まれ、面白さがぐっと増します。
※曽我五郎は『矢の根』『助六由縁江戸桜』にも登場する、歌舞伎屈指の人気役です。
最大の見どころ:長台詞の言い立て
『外郎売』最大の見どころは、やはり有名な口上。
「拙者親方と申すは――」
ではじまる長台詞です。
これは単なる早口言葉ではありません。
「外郎を飲むと舌が滑らかになる」
という薬の効能を、その場で実演してみせる芝居の仕掛けになっています。
しかも口上は、
- 外郎の由来
- 薬の効能
- 有名な早口言葉
- 東海道の宿場名の畳みかけ
という流れで構成されており、終盤に向かって加速していくのが見どころです。
役者の滑舌・呼吸・リズム・声量がすべて問われる難所でもあります。
外郎売の長台詞全文
第一節
拙者親方せっしゃおやかたと申すは、お立会たちあいの中うちに、御存ごぞんじのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方にじゅうりかみがた、相州小田原一色町そうしゅうおだわらいっしきまちをお過ぎなされて、青物町あおものちょうを登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門らんかんばしとらやとうえもん、只今ただいまは剃髪致ていはついたして、円斉えんさいと名のりまする。
元朝がんちょうより、大晦日おおつごもりまで、お手に入れまする此の薬は、昔陳ちんの国の唐人とうじん、外郎ういろうという人、わが朝ちょうへ来たり、帝みかどへ参内さんだいの折りから、この薬を深く籠こめ置き、用もちゆる時は一粒いちりゅうずつ、冠かんむりのすき間より取り出だす。
よってその名を帝より、透頂香とうちんこうと賜たまわる。即文字すなわちもんじには「頂いただき、透すく、香におい」と書いて「透頂香とうちんこう」と申す。
只今はこの薬、殊ことの外ほか、世上せじょうに弘ひろまり、方々ほうぼうに偽看板にせかんばんを出いだし、イヤ、小田原おだわらの、灰俵はいだわらの、さん俵だわらの、炭俵すみだわらのと、いろいろに申せども、平仮名ひらがなをもって「ういろう」と記せしは、親方円斉おやかたえんさいばかり。
もしやお立会いの中うちに熱海あたみか塔の沢とうのさわへ、湯治とうじにお出なさるるか、または伊勢御参宮いせごさんぐうの折からは、必ず門違かどちがいいなされまするな。
お上のぼりならば右の方かた、お下くだりなれば左側、八方はっぽうが八つ棟やつむね、表おもてが三つ棟みつむね玉堂造ぎょくどうづくり。
破風はふには菊に桐きりの薹とうの御紋ごもんを御赦免ごしゃめんあって、系図けいず正しき薬でござる。
第二節
イヤ最前さいぜんより家名かめいの自慢じまんばかり申しても、ご存知ぞんじない方には、正身しょうしんの胡椒こしょうの丸呑まるのみ、白河夜船しらかわよふね、さらば一粒食いちりゅうたべかけてその気味合きみあいをお目にかけましょう。
先ずこの薬をかように一粒舌いちりゅうしたの上にのせまして、腹内ふくないへ納おさめまするとイヤどうも言えぬは、胃い・心しん・肺はい・肝かんがすこやかになりて薫風候くんぷうのどより来たり、口中微涼こうちゅうびりょうを生しょうずるが如ごとし。
魚鳥ぎょちょう・茸きのこ・麺類めんるいの食い合わせ、その外、万病速効まんびょうそっこうある事神ことかみの如ごとし。
さて、この薬、第一の奇妙きみょうには、舌のまわることが、銭独楽ぜにごまがはだしで逃げる。ひょっと舌がまわり出すと、矢も楯たてもたまらぬじゃ。
第三節
そりゃそりゃ、そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。
アワヤ候のど、サタラナ舌ぜつに、カ牙げサ歯音しおん、ハマの二つは唇くちびるの軽重けいちょう、開合かいごうさわやかに、あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろお。
一つへぎへぎに へぎほし はじかみ、盆豆ぼんまめ 盆米ぼんごめ 盆ぼんごぼう、摘蓼つみたで 摘豆つみまめ 摘山椒つみさんしょう、書写山しょしゃざんの社僧正しゃそうじょう、粉米こごめの生噛なまがみみ 粉米こごめの生噛なまがみみ こん粉米こごめの小生噛こなまがみ、繻子しゅす・緋繻子ひじゅす・繻子しゅす・繻珍しゅっちん、親も嘉兵衛かへい 子も嘉兵衛かへい、親かへい子かへい 子かへい親かへい、古栗ふるぐりの木の古切口ふるきりぐち、雨合羽あまがっぱか番合羽ばんがっぱか、貴様の脚絆きゃはんも皮脚絆かわぎゃはん、我等が脚絆きゃはんも皮脚絆かわぎゃはん、しっ皮袴かわばかまのしっぽころびを、三針みはりはり長ながにちょと縫ぬうて、ぬうてちょとぶんだせ、河原撫子かわらなでしこ 野石竹のせきちく、のら如来にょらい のら如来にょらい 三みのら如来にょらいに六むのら如来にょらい。
一寸先いっすんさきのお小仏こぼとけに おけつまずきゃるな、細溝ほそみぞにどじょにょろり。
京の生鱈なまだら 奈良生学鰹ならなままながつお、 ちょと四五貫目しごかんめ、お茶立ちゃたちょ 茶立ちゃたちょ ちゃっと立たちょ茶立ちゃたちょ、青竹茶筅あおたけちゃせんでお茶ちゃちゃっと立たちゃ。
第四節
来るは来るは何が来る、高野こうやの山の おこけら小僧こぞう、狸百匹たぬきひゃっぴき 箸百膳はしひゃくぜん 天目百杯てんもくひゃっぱい 棒八百本ぼうはっぴゃっぽん。
武具ぶぐ・馬具ばぐ・ぶぐ・ばぐ・三みぶぐばぐ、合わせて武具ぶぐ・馬具ばぐ・六むぶぐばぐ、菊きく・栗くり・きく・くり・三菊栗みきくくり、合わせて菊きく・栗くり・六菊栗むきくくり、麦むぎ・ごみ・むぎ・ごみ・三みむぎごみ、合わせてむぎ・ごみ・六むむぎごみ。
あの長押なげしの長薙刀ながなぎなたは、誰だが長薙刀ながなぎなたぞ。
向こうの胡麻ごまがらは 荏えの胡麻ごまがらか、真胡麻まごまがらか、あれこそほんとの真胡麻殻まごまがら。
がらぴいがらぴい風車かざぐるま、おきゃがれこぼし おきゃがれ小法師こぼうし、ゆんべもこぼして 又こぼした。
たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一干いっひだこ、落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食わぬ物は、五徳鉄灸ごとくてっきゅう かな熊童子ぐまどうじに、石熊いしぐま 石持いしもち 虎熊とらぐま 虎とらきす、中にも東寺とうじの羅生門らしょうもんには、茨木童子いばらきどうじがうで栗五合くりごんごうつかんでお蒸むしゃる。
彼かの頼光らいこうの膝元去ひざもとさらず。
第五節
鮒ふな・金柑きんかん・椎茸しいたけ、さだめて後段ごだんな、そば切り、そうめん、うどんか、愚鈍ぐどんな小新発知こしんぼち、小棚こだなの、小下こしたの、小桶こおけに、こ味噌みそが、こ有あるぞ、小杓子こじゃくし、こ持もって、こ掬すくって、こよこせ、おっと合点がってんだ、心得こころえたんぼの川崎かわさき、神奈川かながわ、程ガ谷ほどがや、戸塚とつかは、走って行けば、やいとを摺すりむく、三里さんりばかりか、藤沢ふじさわ、平塚ひらつか、大礒おおいそがしや、小磯こいその宿を七ツ起ななつおきして、早天早々相州小田原そうてんそうそうそうしゅうおだわらとうちんこう、隠かくれござらぬ貴賎群衆きせんぐんじゅの、花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見てお心を、おやわらぎやという。
産子うぶこ、這はう子に玉子まで、此この外郎ういろうの御評判ごひょうばん、ご存知ないとは申されまいまいつぶり。
角出つのだせ、棒出ぼうだせ、ぼうぼうまゆに、臼うす・杵きね・すりばち、 ばちばちくわばらくわばらと、羽目はめを弛はずして今日こんにちお出いでの何れも様いずれもさまに、上げねばならぬ売らねばならぬと、息勢引いきせいひっぱり、東方世界とうほうせかいの薬くすりの元締もとじめめ、薬師如来やくしにょらいも上覧しょうらんあれと、ホホ敬うやまって、ういろうは、いらっしゃりませぬか。
荒事の魅力と見得
『外郎売』は、後半になると空気が一変します。
軽妙な口上から、曽我五郎の荒事へ。
ここで一気に歌舞伎らしさが炸裂します。
「柔から剛へ」
この劇的な転換こそ、『外郎売』ならではの魅力です。
登場人物
外郎売(曽我五郎時致)
薬売りに化け、仇討ちの機会を狙う若武者。
血気盛んな荒事の代表的役柄です。
曽我十郎祐成
五郎の兄。
冷静で落ち着きがあり、弟と対照をなします。
工藤祐経
曽我兄弟の父の仇。
富士の巻狩りの総奉行。
小林朝比奈
猿隈で知られる道化役。
ユーモアと緩急を生む重要な存在です。
なぜ発声練習で使われるのか
『外郎売』の口上は、現代でも
- アナウンサー
- 声優
- 俳優
- 演劇部
などで発声練習に使われます。
理由は、
滑舌、呼吸、アクセント、リズムを一度に鍛えられるから。
300年以上前の台詞が、現代も生きているのは驚くべきことです。
初めて観るならどこに注目すると面白い?
初めて観るなら、
全部聞き取ろうとしなくて大丈夫。
まずは、
- 口上のリズム
- 言葉が加速していく面白さ
- 見得の決まる瞬間
- 口上から荒事へ変わる転換
ここを見るだけで十分面白いです。
むしろ音楽を聴くように味わうくらいでちょうどいい演目です。
FAQ
- 外郎売とはどんな演目ですか?
-
歌舞伎十八番のひとつで、薬売りの口上と曽我五郎の荒事をあわせ持つ人気演目です。
- 外郎売は早口言葉の演目ですか?
-
有名な長台詞がありますが、それだけではなく、仇討ちを描く曽我物でもあります。
- 外郎売の正体は誰ですか?
-
薬売りに見える外郎売の正体は、父の仇を討とうとする曽我五郎時致です。
- 外郎とはお菓子のういろうですか?
-
歌舞伎『外郎売』でいう外郎は、お菓子ではなく小田原名物の薬を指します。
まとめ
『外郎売』は、早口言葉で有名なだけの演目ではありません。
薬売りの口上、曽我物としての仇討ち、荒事の迫力。
そのすべてが詰まった、歌舞伎の魅力が濃縮された作品です。
最初は「早口言葉の演目」と思っていても、
観終わるころには、“ことばそのものが芸になる”歌舞伎の奥深さに気づかされるはずです。
初めて歌舞伎を見る方にも、おすすめできる一作です。



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