平成26年1月に浅草公会堂で上演された
歌舞伎『義賢最期』を観ました。
『源平布引滝~義賢最期(よしかたさいご)』ってどんな歌舞伎?
平家全盛の世を背景にした義太夫狂言『義賢最期』は、時代浄瑠璃『源平布引滝』全五段のうち二段目にあたる一幕です。
義太夫狂言(ぎだゆうきょうげん)とは、人形浄瑠璃(文楽)の台本をもとに作られた歌舞伎の演目のことです。
舞台では、太夫(語り)と三味線が物語の進行や登場人物の心情、情景描写を語り音楽で表現します。
その語りに合わせて俳優が演技を行い、せりふや動きが密接に連動するのが大きな特徴です。
義賢最期のあらすじ
源氏が衰退し、兄・源義朝が敗死したのち、弟の義賢は京の館に身を潜めています。
そのもとに仕える折平は、実は源氏再興を志す武将・多田行綱でした。
義賢はその正体を見抜いたうえで、自らもまた源氏への忠義を秘めていることを明かします。
やがて、平家の使者が現れ、源氏の白旗を差し出せと迫り、義朝の髑髏を踏めと辱めます。

白旗たぁ、源氏が大事にしてきた重宝の印でござんす。
これに激怒した義賢は敵を斬り捨て、行綱らを落ち延びさせたのち、単身で平家の大軍に立ち向かいます。
迫力ある立廻りや、敵を豪快に打ち倒す「仏倒し」など、舞台的な見せ場も多く、武士の誇りと覚悟を鮮烈に描く名場面です。
平家の世にあって次第に追い詰められる源氏の悲運と、孤高の戦いの末に迎える壮絶な最期が胸を打つ一幕となっています。
歌舞伎『源平布引滝~義賢最期』の登場人物
木曽先生義賢(きそせんじょう よしかた):片岡 愛之助
源氏の武将。
兄・義朝敗死後、京の館に潜みながら源氏再興の志を秘めています。
平家の圧迫を受け、壮絶な最期を遂げます。



先生(せんじょう)ってぇのは、武芸や学問に秀でたお方への敬いの呼び名でござんす。
葵御前:上村 吉弥
義賢の後妻。
懐妊中の身で、夫の身を案じながら館を守ります。
待宵姫(まつよいひめ):中村 梅丸
義賢の先妻の娘。
折平(行綱)と深い仲にあり、その身を案じています。
下部折平実は多田蔵人行綱:中村 亀鶴
源氏再興を志す武将。
作中では「奴折平」と名乗り、義賢に仕えていますが、その正体を見抜かれています。
源氏方で平家から身を隠しているときに小万と夫婦に。
百姓九郎助:嵐 橘三郎
小万の父。
義賢から葵御前を託されます。
九郎助娘小万:中村 壱太郎
折平の女房と名乗って館を訪れる女性。
源氏の白旗を託されます。
『源平布引滝~義賢最期』を観ての感想
敵を次々となぎ倒していく場面は爽快。
義太夫の語りと三味線に背中を押されるように動く身体の力強さは、まさに歌舞伎ならではの醍醐味です。
とくに仏倒しの場面では、舞台全体が揺れるような感覚があり、理屈ではなく身体で“強さ”を感じました。あの瞬間、客席は完全に義賢側。
壮絶な最期へ向かう物語だからこそ、この豪快さがいっそう胸に響く。観ているこちらも、義賢とともに戦っているような高揚感を味わえます。
源平布引滝~義賢最期のみどころ
豪快な立廻りと「仏倒し」
義賢が敵を次々と打ち倒す立廻りはもちろんのこと、
中でも「仏倒し」と呼ばれる豪快な見せ場は、義太夫の力強い語りと三味線の音色に乗せ、舞台全体を圧倒する迫力を放ちます。
特に、直立した姿勢のまま倒れ込む「仏倒し」は、荒事(あらごと)の中でも屈指の難易度を誇り、その壮絶な最期は観客の目を釘付けにします。
折平(行綱)との緊迫した対面
奴折平の正体が、実は源氏再興を志す武将・多田行綱であると明かされる場面も大きな見どころです。
互いに本心を探り合う緊張感、そして志を同じくする者同士と知れたときの劇的な展開が胸を打ちます。
白旗詮議と髑髏の場
平家の使者が現れ、源氏の白旗を差し出せと迫る場面は物語の山場です。
さらに兄・源義朝の髑髏を踏めと辱める非情な仕打ち。
静かに耐えていた義賢がついに怒りを爆発させる瞬間は、観客の感情も一気に高まります。
鑑賞レーティング
総合満足度 ★★★★★★★★★☆
初心者おすすめ度 ★★★★★★★★☆☆
見どころの密度 ★★★★★★★★★☆
心に残る度 ★★★★★★★★☆☆
再観たい度 ★★★★★★★★☆☆
「※評価は個人の好みが反映されています」
かぶしげオススメの席の選び方
歌舞伎で舞台全体を観るなら中央7~9列目あたりいわゆる『とちり席』2階最前列『天覧席』
花道も少し使われたり、全体的にやや下手でのお芝居が多いです。
かぶりつきが◎
立廻りからクライマックスの「戸板倒し」「仏倒し」の迫力がすごいのでかぶりつきでの観劇オススメです!






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