歌舞伎演目|車曳〈くるまびき〉(車引)の段~菅原伝授手習鑑とは?あらすじ・見どころ・登場人物を解説

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車曳〈くるまびき〉(車引)の段~菅原伝授手習鑑とは

「車曳(車引)の段」、『菅原伝授手習鑑』前半を代表する荒事の名場面で、菅丞相失脚後の世の理不尽さと、物語全体を貫く“三つ子の舎人”の運命を強烈に印象づける一幕である。

無実の罪で流された菅丞相に代わり、政権を握った左大臣・時平が、権勢を誇って牛車で往来を進むところに、主を失った梅王丸・桜丸が立ちはだかる。
そこへ時平に仕える松王丸が現れ、かつて同じ菅丞相に忠義を尽くした家に生まれた三兄弟は、主の違いによって敵味方として激しく対峙します。

牛車を巡る荒々しい立廻りと、時平の圧倒的な威光によって、梅王丸桜丸は復讐を果たせぬまま退かざるを得ない。三兄弟はこの場で決定的に道を分かち、のちに続く「賀の祝」「寺子屋」へと連なる悲劇と葛藤の伏線が張られます。

権力の横暴忠義兄弟愛の衝突、そして菅丞相再興を願う人々の無念を、豪快な荒事で示す、『菅原伝授手習鑑』の物語構造を理解する上で欠かせない重要な段なのです。

車曳〈くるまびき〉(車引)の段~菅原伝授手習鑑のあらすじ解説

菅丞相が無実の罪で流罪となり、斎世親王も宮中を離れたことで、舎人として仕えていた三つ子の兄弟、梅王丸・松王丸・桜丸はそれぞれ運命を分かつ。
梅王丸桜丸は主を失って浪人の身となり、都の往来で思いがけず再会する。
二人は、引き裂かれた主君や姫君の行く末、そして菅丞相の不遇を思い、涙ながらに語り合う

そこへ、左大臣・時平が吉田神社へ参詣するため、牛車で通りかかる。
先払いの雑色が高圧的に道を空けよと命じるのを聞き、梅王丸と桜丸の胸には、これまで抑えてきた怒りと恨みが一気に噴き上がる。
すべての悲劇の元凶である時平に、今こそ報いを受けさせようと、二人は牛車の前に立ちはだかる。

しかし、牛車を守って現れたのは、同じ兄弟でありながら時平に仕える松王丸であった。
かつて同じ主に忠義を尽くした三人は、主の違いによって敵味方として向き合うことになる。
牛車を曳く、曳かせぬと激しく争ううち、ついに牛車は大破し、場は修羅場と化す。

騒ぎの中から、時平自身が金冠白衣の姿で姿を現す。
時平は梅王丸と桜丸を虫けらのように罵り、圧倒的な威光と眼力で二人を睨みつける
その迫力に、怒りに燃えていた梅王丸と桜丸も身動きが取れなくなり、ついに復讐は果たされない。

こうして力の差を思い知らされた三兄弟は、それぞれの立場と宿命を胸に抱いたまま別れ、来月行われる「白太夫の賀の祝」での再会を約して、その場を去っていく。
主君への忠義と兄弟の情、そして権力の前に翻弄される人間の無念が、荒事の迫力とともに描かれる一段である。

主な登場人物(車曳〈くるまびき〉(車引)の段)

梅王丸(うめおうまる)
菅丞相に仕えていた舎人で、三つ子の兄弟の一人。
菅丞相の流罪によって主を失い、浪人の身となっている。
剛直で激情家な性格で、主君への忠義と時平への怒りを誰よりも強く抱く人物。
「車曳の段」では牛車に真っ向から立ちはだかり、荒々しい行動で菅丞相への無念を体現する存在として描かれる。

桜丸(さくらまる)
梅王丸の兄弟で、同じく菅丞相に仕えていた舎人。
気性は比較的穏やかだが、主君を思う気持ちは梅王丸と同じく深い。
往来で梅王丸と再会し、菅丞相の不遇を嘆き合う中で、次第に怒りを燃え上がらせ、共に時平の牛車に挑む。
兄弟の情と忠義の板挟みにある人物として物語に厚みを与える。

松王丸(まつおうまる)
梅王丸・桜丸と三つ子の兄弟でありながら、左大臣・時平に仕えている牛飼い。
菅丞相に仕えていた家柄だが、立場の違いから兄弟と敵対する役回りを担う。
牛車を守って二人の前に立ちはだかり、主への忠義を貫く姿は、後の「寺子屋の段」へと続く複雑な人物像の伏線となる。

左大臣時平(さだいじん しへい)
菅丞相を失脚させ、権力の頂点に立つ人物。「車曳の段」では金冠白衣の姿で牛車に乗り、横暴かつ冷酷な権力者として描かれる。
その眼力一つで梅王丸と桜丸を圧倒する姿は、時平の絶対的な権勢を象徴し、物語全体の悪役としての存在感を強烈に印象づける。

雑色(ぞうしき)
時平の先払いとして往来に現れる下役
荒々しい言葉で人々を追い立て、時平の参詣行列の横暴さを際立たせる存在である。
物語の発端となり、梅王丸と桜丸の怒りに火をつける役割を果たす。

車引の段のみどころ

最大の見どころは、荒事ならではの豪快な様式美と、三つ子の宿命的対立が一気に噴き出す場面構成にあります。
牛車を舞台装置そのものとして使い、曳く・阻むという単純な動きの中に、忠義・怒り・権力への反発といった感情が凝縮されていきます。

まず注目したいのは、梅王丸と桜丸の登場から高まる悲憤の情です。
菅丞相を思って涙する静かな場面から、一転して牛車に立ちはだかる荒々しい行動へ移る落差が、失脚後の無念の深さを際立たせます。
彼らの怒りが私怨ではなく「主への忠義」から来ていることを強く感じます。

松王丸の登場によって生まれる緊張感が大きな見どころです。
同じ兄弟でありながら、主の違いによって刃を交えることになる構図は、『菅原伝授手習鑑』全体の悲劇性を象徴しています。
この段ではまだ真意を見せない松王丸が、冷静に職務を果たす姿が、後の展開を思わせる含みを持ちます。

そして圧巻なのが、時平の出現と眼力です。
金冠白衣で姿を現し、罵声を浴びせながら一睨みで梅王丸と桜丸を封じる場面は、歌舞伎的誇張表現の極み
理屈ではなく「権力そのものの恐ろしさ」を視覚と身体感覚で観客に突きつけます。

最後に、この段は単なる立廻りの見せ場にとどまらず、後の「賀の祝」「寺子屋」へと続く物語の分岐点でもあります。ここで示される三兄弟の立場と覚悟が、のちの悲劇と感動をより深いものにする――それが「車曳の段」が名場面とされる所以です。

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『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』とは – Kabuki Guide Japan へ返信する コメントをキャンセル

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