坂東彌十郎のプロフィール完全解説|本名・家系・代表的な役・受賞歴

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坂東彌十郎

坂東彌十郎(ばんどう やじゅうろう)は、立役、敵役、老け役まで幅広く演じてきた大和屋の歌舞伎俳優です。
183cmという梨園一の長身を生かした舞台姿と、役の輪郭を鮮やかに伝える存在感で知られています。

若い頃は相次いで師を失い、実家や澤瀉屋一門で経験を重ねたのち、「平成中村座」などでも活躍。
歌舞伎の舞台にとどまらず、演出や海外公演にも取り組んできました。

さらに、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の北条時政役をきっかけとして、歌舞伎を普段あまり見ない層にも名前が広く浸透しました。
この記事では、坂東彌十郎のプロフィール、本名、初舞台までの経緯、大和屋の家系、代表的な役、受賞歴を詳しく紹介します。

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目次

坂東彌十郎のプロフィール|本名や屋号、身長を紹介

芸名坂東彌十郎(ばんどう やじゅうろう)
本名本間寿男(ほんま ひさお)
生年月日1956年5月10日
出身地東京都
屋号大和屋
定紋三ツ大
替紋花勝見
俳名酔寿(すいす)
身長183cm
初舞台1973年5月、歌舞伎座『奴道成寺』の所化観念坊で坂東彌十郎を名のる

坂東彌十郎の本名は、本間寿男です。
東京都に生まれ、歌舞伎俳優・坂東好太郎の三男として育ちました。

屋号は大和屋、定紋は三ツ大、替紋は花勝見。
また、「酔寿」という俳名を持つ俳人でもあり、舞台とは異なる表現の世界にも親しんでいます。

身長は183cmで、梨園一の長身とされる彌十郎。
幼少期から背が高く、当時は「サンマ」というニックネームで呼ばれていました。

趣味は海外旅行で、とりわけヨーロッパを好んでいます。
英語とフランス語に堪能で、海外に歌舞伎を紹介する活動にも積極的に携わってきた国際感覚豊かな人物です。

本名・初舞台の経緯|八世坂東三津五郎一門から澤瀉屋を経て

坂東彌十郎は、千代田区立麹町小学校を卒業したのち、暁星中学校に入学しました。
父の坂東好太郎は映画俳優として活動していましたが、1962年に歌舞伎俳優へ復帰しています。

好太郎が歌舞伎に戻った頃、稽古をつけていたのが、彌十郎の伯父にあたる八世坂東三津五郎と十四世守田勘彌でした。
少年時代の彌十郎は、稽古を録音するテープ係として父に同行。
間近で歌舞伎の稽古に触れる時間が、その後の進路へつながっていきます。

やがて「どうしても歌舞伎役者になりたい」と望み、八世坂東三津五郎の一門に入門。
1973年5月、歌舞伎座『奴道成寺』の所化観念坊で坂東彌十郎を名のり、初舞台を踏みました。

ところが、入門から間もない1975年1月に八世三津五郎が急死します。
十四世守田勘彌の門へ移ったものの、その勘彌もわずか2か月後に急死。
若い彌十郎は、相次いで二人の師を失うことになりました。

後ろ盾を失った彌十郎は実家に戻り、父のもとで一般演劇にも出演します。
その後、父が亡くなる前に三代目市川猿之助、のちの二代目市川猿翁へ託され、澤瀉屋一門に移りました。

1978年には、『五大力恋緘』の男芸者と『人情噺文七元結』の鳶の頭を勤め、名題に昇進。
猿之助一座では立役だけでなく、敵役や老け役にも取り組み、役柄の幅を広げていきます。

彌十郎の活動は、舞台上で役を演じることだけに限られません。
三代目猿之助が演出した1984年のオペラ『コックドール』では演出助手を務め、1997年には坂東玉三郎の『夕鶴』を演出しました。
出演者と演出者、双方の視点を経験してきた歩みです。

大和屋の家系図|父・坂東好太郎、兄・坂東吉彌、息子・坂東新悟

坂東彌十郎は、歌舞伎俳優・坂東好太郎の三男です。
父の好太郎は映画スターとして活躍した経歴を持ち、その後、歌舞伎の舞台へ復帰しました。

母は飯塚敏子で、彌十郎にとっては継母にあたります。
伯父には、彌十郎が最初に入門した八世坂東三津五郎と、その後に師事した十四世守田勘彌がいました。

坂東好太郎
飯塚敏子(継母)
伯父八世坂東三津五郎、十四世守田勘彌
二代目坂東吉彌
元キャビンアテンダント
長男坂東新悟

兄は二代目坂東吉彌で、関西歌舞伎の脇役として活躍しました。
彌十郎自身も、立役から敵役、老け役までを担い、作品を支える役を数多く勤めています。

妻は元キャビンアテンダントで、長男は歌舞伎俳優の坂東新悟。
2014年には親子で自主公演「やごの会」を立ち上げました。

「やごの会」は国内での活動にとどまらず、2016年にはフランス、スイス、スペインをめぐるヨーロッパ公演を実施。
英語とフランス語に堪能な彌十郎らしく、歌舞伎を海外へ伝える機会にもなりました。

また、十八世中村勘三郎とは少年期からの友人でした。
澤瀉屋一門を離れたのちには、同世代の勘三郎による「平成中村座」に参加し、新たな活動の場を広げています。

坂東彌十郎 家系図

坂東彌十郎の代表的な役|頓兵衛から家主長兵衛まで

坂東彌十郎の代表的な役として、まず挙げられるのが『神霊矢口渡』の頓兵衛です。
このほか、『修禅寺物語』の夜叉王、『野崎村』の百姓久作など、父親や年長者の役にも重要な実績を残しています。

古典歌舞伎では、『義経千本桜』の「渡海屋・大物浦」に登場する武蔵坊弁慶や、『菅原伝授手習鑑』「車引」の藤原時平も代表的な役。
立役と敵役の双方を勤めてきた彌十郎の芸域の広さが表れています。

歌舞伎NEXT『阿弖流為(アテルイ)』では藤原稀継を演じました。
古典に加え、新たな歌舞伎作品にも参加してきたことが分かる一役でしょう。

さらに、『裏表先代萩』の八汐、『身替座禅』の玉の井も代表的な役に数えられます。
男性の役を中心に歩んできた一方で、八汐や玉の井といった女方の役も手がけている点は、彌十郎の役柄の幅を知るうえで見逃せません。

『切られお富』では蝙蝠の安蔵を演じ、2014年3月に国立劇場優秀賞を受賞。
『髪結新三』の家主長兵衛は、2025年3月に発表された令和6年度芸術選奨文部科学大臣賞の評価対象となった役の一つです。

平成中村座」での活動を語る際には、2003年のニューヨーク公演も欠かせません。
『夏祭浪花鑑』の「鳥居前」「三婦内」で三婦を演じ、好評を得ました。

長身を備えた舞台姿だけでなく、長年にわたって培った立役、敵役、老け役の経験が、多彩な人物表現を支えています。
2026年の歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」通し狂言『仮名手本忠臣蔵』では、Bプロの高師直役を勤める配役です。

受賞歴|重要無形文化財の認定と芸術選奨文部科学大臣賞

坂東彌十郎は、長年の舞台活動を通じて複数の賞を受けています。
1984年に歌舞伎座優秀賞、1998年には歌舞伎座賞と眞山青果賞奨励賞を受賞しました。

2001年には重要無形文化財の保持者として総合認定を受け、伝統歌舞伎保存会の会員となっています。
これは歌舞伎の伝統的な技法を受け継ぎ、次代へ伝える担い手としての歩みを示す認定です。

2014年3月には、『切られお富』の蝙蝠の安蔵で国立劇場優秀賞を受賞。
一つひとつの役に積み重ねてきた成果が、具体的な形で評価されました。

そして2025年3月、令和6年度、第75回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞します。
『髪結新三』の家主長兵衛など、近年の舞台での成果が評価されました。

1984年歌舞伎座優秀賞
1998年歌舞伎座賞、眞山青果賞奨励賞
2001年重要無形文化財(総合認定)に認定、伝統歌舞伎保存会会員となる
2014年3月『切られお富』の蝙蝠の安蔵で国立劇場優秀賞
2025年3月令和6年度(第75回)芸術選奨文部科学大臣賞

初舞台後に二人の師を相次いで失いながら、一般演劇、澤瀉屋一門、平成中村座などで研鑽を重ねてきた彌十郎。
受賞歴からも、その長い蓄積と幅広い活動をたどることができます。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』出演で広がった知名度

坂東彌十郎が歌舞伎界の外でも広く知られる大きなきっかけとなったのが、2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』です。
主人公の父親である北条時政役で、レギュラー出演しました。

映像の仕事へつながる契機は、その3年前にさかのぼります。
2019年、歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』へ出演した際、演出と脚本を手がけた三谷幸喜から「映像の仕事はやらないの?」と声をかけられました。

その三谷幸喜が脚本を担当した『鎌倉殿の13人』で、彌十郎は北条時政を演じることになります。
歌舞伎で長年培ってきた経験を携え、本格的に大河ドラマのレギュラーへ加わった形でした。

同作への出演を機に、坂東彌十郎の知名度は歌舞伎界以外にも大きく広がりました。
以降は映画、テレビドラマ、CMにも数多く出演しています。

映像を通して彌十郎を知り、そこから歌舞伎での活動に関心を持った人もいるでしょう。
舞台と映像を行き来する現在の活躍は、長い歌舞伎俳優人生の上に築かれたものです。

坂東彌十郎の人物像|俳句と師弟の絆を大切にする人柄

坂東彌十郎は、「酔寿(すいす)」という俳名を持つ俳人でもあります。
折に触れて自作の俳句を専門誌などに発表しており、舞台とは異なる創作の世界でも感性を磨いてきました。

彌十郎の人柄を伝えるものとして、かつて所属した澤瀉屋一門の師・二代目市川猿翁とのエピソードがあります。
彌十郎が自主公演「やごの会」の活動について報告に訪れた際、猿翁は「やっとだね」と声をかけたそうです。

一門を離れた後も、猿翁は彌十郎が出演するテレビ番組などを必ず見て、その歩みを気にかけ続けていました。
彌十郎はそのことを周囲の人々から聞かされたといいます。

短い言葉の中に情景や思いを込める俳人としての顔と、離れてからも師に見守られていた師弟の絆。
こうした一面からは、芸に真摯に向き合い、人とのつながりを大切にする彌十郎の人物像がうかがえます。

坂東彌十郎についてのよくある質問(FAQ)

坂東彌十郎の本名は何ですか?

本名は本間寿男(ほんま ひさお)です。1956年5月10日に東京都で生まれました。

坂東彌十郎の屋号と家紋は何ですか?

屋号は大和屋です。定紋は三ツ大、替紋は花勝見となっています。

坂東彌十郎の父と息子は誰ですか?

父は、映画俳優として活動したのち歌舞伎へ復帰した坂東好太郎です。長男は歌舞伎俳優の坂東新悟で、親子による自主公演「やごの会」も開催しています。

坂東彌十郎の代表的な役は何ですか?

『神霊矢口渡』の頓兵衛、『修禅寺物語』の夜叉王、『野崎村』の百姓久作、『義経千本桜』の武蔵坊弁慶、『髪結新三』の家主長兵衛などが代表的な役です。

坂東彌十郎が『鎌倉殿の13人』で演じた役は誰ですか?

主人公の父親である北条時政を演じました。2022年にレギュラー出演し、これを機に歌舞伎界以外でも広く知られるようになりました。

歌舞伎が初めての方へ

歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ|坂東彌十郎は舞台と映像で存在感を示す大和屋の俳優

坂東彌十郎は、八世坂東三津五郎への入門から澤瀉屋一門、平成中村座での活動を経て、立役、敵役、老け役など幅広い役柄を勤めてきました。
『神霊矢口渡』の頓兵衛や『髪結新三』の家主長兵衛をはじめとする舞台での成果は、国立劇場優秀賞や芸術選奨文部科学大臣賞などの受賞にもつながっています。

英語とフランス語を生かした海外での歌舞伎紹介、演出への取り組み、俳名「酔寿」を持つ俳人としての顔も彌十郎ならでは。
『鎌倉殿の13人』の北条時政役で知名度を広げた後も、長年培った芸を軸に、歌舞伎と映像の双方で活動を続けています。

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