毛抜(歌舞伎十八番)のあらすじ・見どころを徹底解説|毛抜きが解き明かす奇病の謎

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毛抜(歌舞伎十八番)

毛抜(けぬき)は、歌舞伎十八番のひとつで、日用品の「毛抜き」が謎解きの鍵になるという、なんとも奇抜な発想の一幕です。
お姫様の髪が逆立つという奇病の正体を、豪快で愛嬌たっぷりの主人公が解き明かしていく、痛快な推理劇でもあります。

本記事では、毛抜のあらすじや見どころ、そして一度は演目として途絶えながら明治時代に復活を遂げたドラマチックな歴史まで、初心者にもわかりやすく解説します。

目次

毛抜とは?あらすじをひとことで

毛抜は、「髪の毛が逆立つ」という不思議な奇病の謎を、主人公が毛抜き(ひげを抜く道具)の不審な動きから解き明かしていくという物語です。
正式には『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)』という全五幕の芝居の三幕目にあたり、現在では独立した一幕物として上演されています。

お家騒動と謎解きが組み合わさった、歌舞伎十八番の中でも異色の趣向を持つ演目です。

「毛抜き」という、誰もが知っている身近な道具が演目のタイトルになり、しかも物語の謎解きそのものに深く関わってくる——そんな発想の面白さも、この演目ならではの魅力です。

毛抜の由来・成立の歴史

毛抜の初演は寛保2年(1742年)、大坂・佐渡嶋長五郎座にて『雷神不動北山桜』の三幕目として上演されたのが始まりです。
この時、主人公・粂寺弾正を演じたのは二代目市川海老蔵(二代目市川團十郎)。その後、四代目團十郎、五代目團十郎もこの役を演じ、天保3年(1832年)には正式に歌舞伎十八番のひとつに数えられるようになりました。

ところが、五代目市川海老蔵(七代目團十郎)が嘉永3年(1850年)に演じたのを最後に、毛抜は上演されなくなり、演目としての伝承がいったん途絶えてしまいます。

歌舞伎十八番は市川團十郎家が代々得意としてきた演目群ですが、その中には毛抜のように、一度は演じ手も型も絶えてしまった演目が少なくありません。だからこそ、後述する明治の復活劇が、この演目の歴史においてとても大きな意味を持っています。

毛抜のあらすじ

公家・小野春道の娘である錦の前は、同じく公家の文屋豊秀(ぶんやとよひで)に嫁ぐことになっていました。ところが婚礼を控えた錦の前に、「髪の毛が逆立つ」という奇妙な病が降りかかり、婚儀が滞ってしまいます。

文屋豊秀の家臣・粂寺弾正(くめでらだんじょう)は、主の命を受けて錦の前の様子を見に春道の館を訪れます。実際に髪が逆立つ様子を目にして驚く弾正でしたが、ふと自分のひげを抜こうと毛抜きを取り出したところ——その毛抜きがひとりでに立ち上がり、動き出したのです。

この不審な動きを手がかりに、弾正は謎を解き明かしていきます。正体は、天井裏に仕掛けられた大きな磁石と、錦の前の髪飾りを鉄で作らせたという仕掛け。この二つが引き合うことで、髪が逆立って見えていたのです。
すべては、婚儀を妨げてお家乗っ取りを企む小野家の家臣による陰謀でした。真相を見破った弾正は、その家臣を討ち果たし、悠々と引き上げていきます。

毛抜の登場人物

粂寺弾正(くめでらだんじょう)
文屋豊秀の家臣で、この物語の主人公。豪快さと愛嬌をあわせ持ち、謎解きの推理力にも長けた魅力的な人物です。

錦の前(にしきのまえ)
公家・小野春道の娘。文屋豊秀に嫁ぐ予定でしたが、何者かの陰謀により「髪が逆立つ」奇病にかかってしまいます。

文屋豊秀(ぶんやとよひで)
錦の前の婚約者にあたる公家。粂寺弾正の主にあたる人物です。

小野家の家臣
お家乗っ取りを企み、天井裏の磁石と鉄の髪飾りで奇病騒動を仕組んだ黒幕。物語の終盤で弾正に討たれます。

毛抜の見どころ

一筋縄ではいかない粂寺弾正の人物像

粂寺弾正は、荒事らしい豪快さを見せる一方で、腰元や若衆にちょっかいを出す色気と愛嬌にあふれた一面もあわせ持つ、単純には割り切れない人物です。
思慮分別に富み、人情に厚く、もめごとを見事に取りさばく——こうした役柄は歌舞伎で「捌き役(さばきやく)」と呼ばれ、荒事とも和事とも違う独特の魅力を持っています。

毛抜きが動き出す場面の見得

日用品の毛抜きがひとりでに立ち上がり動き出す——という奇抜な演出に対して、弾正が見せる見得は、この演目最大の見せ場のひとつ。身近な小道具が謎解きの鍵になるという発想の面白さそのものが、観客を引き込みます。

家によって異なる衣裳

市川宗家の役者が粂寺弾正を演じるときは「亀甲文様」の着付「寿の字海老」の裃を用いるのに対し、他家の役者が演じるときは、明治の復活上演で使われた白の着付に碁盤模様の裃を用いるのが慣例です。家の芸としての伝承が、衣裳にもはっきりと表れている演目と言えます。

初めて観る方への鑑賞ポイント

粂寺弾正の「表情の変化」を追ってみる

粂寺弾正は、腰元たちに戯れかかるくだけた場面と、謎を見破っていく鋭い場面とで、表情や身のこなしがガラリと変わります。ひとりの人物のなかに複数の顔があることを楽しむのが、この演目の醍醐味です。

毛抜きが動く瞬間を見逃さない

物語の転換点となる、毛抜きがひとりでに立ち上がる場面は、短いながらもこの演目最大の見せ場です。弾正の表情の変化とあわせて、集中して見てみてください。

セリフよりも謎解きの流れを楽しむ

古語のセリフを一字一句理解できなくても、「毛抜きが動く→天井を見上げる→磁石を発見する」という謎解きの流れ自体はシンプルで追いやすいため、歌舞伎十八番のなかでも初心者にとって親しみやすい演目です。

一度途絶え、明治に復活した演目

毛抜は、嘉永3年(1850年)を最後に上演が途絶え、演出の「型」も一度は完全に失われてしまいました。
これを復活させたのが、古典の復活に情熱を注いでいた二代目市川左團次です。劇作家・岡鬼太郎の勧めを受け、左團次は現存していた台本に岡が手を入れ、失われていた型をすべて一から作り直すという形で、明治42年(1909年)9月、明治座にて毛抜を復活上演させました。

台本は残っていても、実際の演じ方(型)までは残っていなかった——という状態からの復活は、決して簡単なことではありません。今わたしたちが観ている毛抜は、左團次と岡鬼太郎による再創造の結晶でもあるのです。

古典芸能というと「昔からずっと変わらず受け継がれてきたもの」というイメージを持たれがちですが、毛抜のように一度途絶えた型を後世の役者が情熱を持って作り直した演目もあります。そうした背景を知ると、舞台の見え方がまた一段と深くなります。

『雷神不動北山桜』というつながり

毛抜のもととなった『雷神不動北山桜』は、実は四幕目が『鳴神』、五幕目が『不動』という構成になっており、この二つも歌舞伎十八番に数えられる演目です。
左團次は毛抜を復活させた翌年に『鳴神』も復活上演しており、この復活劇をきっかけに、他の役者たちも左團次の作った型をもとに毛抜や鳴神を演じるようになりました。今日私たちが観られる『毛抜』『鳴神』は、いずれもこの明治の復活劇の延長線上にあります。

こんな方に毛抜はおすすめ

・謎解き・推理ものが好きな方
髪が逆立つ怪異の正体を、日用品の不審な動きから解き明かしていく展開は、歌舞伎の中でも珍しい「推理劇」の面白さがあります。

・荒事とは違う魅力を持つ主人公を観たい方
豪快さとコミカルさ、そして知性をあわせ持つ粂寺弾正という「捌き役」は、歌舞伎十八番の中でも個性的な人物像です。

・演目が復活するまでのドラマに興味がある方
一度途絶えた演目が、明治の役者と劇作家の手でどう蘇ったのかという背景を知ると、舞台の見え方が変わってきます。

毛抜まとめ

毛抜は、寛保2年(1742年)初演、天保3年(1832年)に歌舞伎十八番入りした後、一度は上演が途絶え、明治42年(1909年)に二代目市川左團次によって復活を遂げた演目です。

物語の骨格はシンプルながら、荒事とも和事とも異なる「捌き役」という人物造形、身近な小道具を使ったトリック、そして家によって異なる衣裳の伝統など、知れば知るほど発見のある演目でもあります。

「髪が逆立つ奇病」という不思議な謎を、毛抜きの不審な動きから解き明かしていく痛快な筋立てと、豪快さ・色気・知性をあわせ持つ主人公・粂寺弾正の魅力。そして、一度途絶えた演目が役者と劇作家の情熱によって蘇ったという歴史的背景まで、知れば知るほど味わい深い一幕です。

身近な道具が謎解きの鍵になるという発想のユニークさは、歌舞伎初心者にも入り込みやすいポイント。ぜひ劇場で、毛抜きが動き出す瞬間の緊張感を味わってみてください。

歌舞伎十八番のほかの演目や、市川團十郎家の芸の系譜に興味を持った方は、歌舞伎十八番とは?演目一覧と家の芸まとめもあわせてチェックしてみてください。

よくある質問(FAQ)

毛抜はどんな話ですか?

「髪の毛が逆立つ」という奇病にかかったお姫様のもとを訪れた主人公・粂寺弾正が、毛抜き(ひげ抜き)の不審な動きをきっかけに、天井裏の磁石を使った陰謀を見破るという推理劇です。

毛抜はなぜ歌舞伎十八番に入っているのですか?

市川團十郎家が代々得意としてきた演目のひとつとして、天保3年(1832年)に正式に歌舞伎十八番のひとつに定められました。

毛抜は昔からずっと上演され続けてきたのですか?

いいえ。嘉永3年(1850年)を最後に一度上演が途絶え、演出の型も失われました。明治42年(1909年)に二代目市川左團次が、劇作家・岡鬼太郎とともに一から型を作り直して復活させています。

「捌き役」とはどんな役柄ですか?

思慮分別に富み、人情に厚く、事件やもめごとを取りさばいて解決する役柄のことです。粂寺弾正は、荒事の豪快さとコミカルさ、推理力をあわせ持つ捌き役として描かれています。

歌舞伎初心者でも楽しめますか?

はい。謎解きの過程がわかりやすく、毛抜きが動き出す場面のインパクトも大きいので、歌舞伎十八番の中でも特に初心者が楽しみやすい演目のひとつです。

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