歌舞伎の演目リストで「英執着獅子」という名前を見て、「読み方が分からない」「どんな話か知らずに観に行くのは不安」と感じた方も多いのではないでしょうか。
本記事では、英執着獅子の読み方・由来・あらすじ・見どころを、初心者の方にもわかりやすく解説します。
英執着獅子とは?読み方と概要
「英執着獅子」は「はなぶさしゅうじゃくじし」と読みます。
長唄を伴奏に踊られる歌舞伎舞踊(所作事)の一つで、通称「執着獅子(しゅうじゃくじし)」とも呼ばれます。
初演は宝暦4年(1754年)3月、江戸・中村座。
初世中村富十郎により初演されました。
作曲は初代杵屋弥三郎によるものです。
傾城後に獅子の精という一人二役を、一人の演者が踊り分けるのがこの演目の特徴です。
歌舞伎舞踊(所作事)全般の基礎知識を先に押さえておきたい方は、以下の記事もご参考にしてください。

由来|能『石橋』を典拠とする「石橋物」
英執着獅子は、能の演目『石橋(しゃっきょう)』を典拠とした、いわゆる「石橋物(しゃっきょうもの)」と呼ばれる一群の舞踊の一つです。
原点は能『石橋』の物語
能『石橋』は、唐(中国)へ渡った僧・寂照が、文殊菩薩の霊場として名高い清涼山を訪れる物語です。
浄土へ続くとされる石橋を渡ろうとする寂照を、現れた少年が「幅は狭く、苔むして谷底は深く、容易には渡れない」と制止します。
少年が姿を消したのち、文殊菩薩の使者である獅子が現れ、咲き乱れる牡丹の花に戯れながら勇壮な獅子舞を舞い、千秋万歳を祝う——これが石橋物に共通する原点の物語です。
歌舞伎の石橋物は、この能の世界観をもとに、獅子へと変化する主人公を傾城や町娘に置き換えて発展してきました。
石橋物の中でも現存する最古の作品は、1734年(享保19)初演の『風流相生獅子(相生獅子)』とされ、初代瀬川菊之丞によって踊られました。
英執着獅子は、この相生獅子に続く石橋物の一つとして発展した作品です。
石橋物は、獅子が牡丹の花に戯れながら豪快な毛振りを見せる後半部分を共通の見せ場としつつ、前半部分の設定(誰が獅子に変化するか)が演目ごとに異なるのが特徴です。
英執着獅子では、大名の座敷に呼ばれた傾城(けいせい・遊女)が、蝶や手獅子と戯れながら艶やかに舞ったのち、姿を消して獅子の精となって現れるという構成です。
なお上方(大坂)で演じられる坂田藤十郎の型では、傾城ではなく町娘が獅子に変化する演出になるなど、演者や流派によって設定に違いがあることも知られています。
石橋物には他にも『連獅子』『相生獅子』『枕獅子』など複数の演目があります。
特に『連獅子』は上演機会が多く、あわせて予習しておくと石橋物全体の魅力がより深く理解できます。

なぜ獅子と牡丹が組み合わされるのか
石橋物の舞台には、必ずといっていいほど牡丹の花が描かれます。
「獅子に牡丹」は、百獣の王である獅子と百花の王である牡丹を組み合わせた、取り合わせの良いもののたとえとして古くから知られる図柄です。
獅子が体に潜り込む虫を嫌い、その虫を防ぐ牡丹の夜露を頼るという言い伝えも合わせて語られることがあります。
英執着獅子というタイトルの「執着」は、前半で描かれる女性の恋心の未練・こだわりを指すと考えられています。
牡丹に戯れる蝶に女の恋心を重ねた前半から、その情念が獅子の狂いへと転じていく——というのが、この演目のドラマとしての読み解き方です。
あらすじ・構成|傾城の踊りから獅子の精への変化
英執着獅子は、大きく前半と後半の二部構成になっています。
前半:傾城の艶やかな踊り
大名の座敷に呼ばれた傾城が、牡丹の花に戯れる蝶を愛でながら優雅に舞います。
続いて、獅子をかたどった小道具「手獅子」を手に取り、しなやかな仕草で踊りを見せます。
華やかな衣裳と繊細な女方の技芸を堪能できる、静の見どころです。
後半:獅子の精となる「狂い」
傾城がふっと姿を消すと、牡丹をあしらった扇を獅子の頭(かしら)に見立てながら、獅子の精としての「狂い」の舞が始まります。
ここからは一転して力強く豪快な踊りとなり、髪を大きく振り回す「毛振り」が最大のクライマックスです。
一人の役者が、しなやかな女方の芸と勇壮な獅子の芸という対照的な魅力を続けて見せるのが、この演目最大の面白さです。
見どころ|毛振りと様式美
英執着獅子の一番の見どころは、なんといっても後半の毛振りです。
獅子の精となった演者が、長い毛を植えた鬘を左右や回転させながら振り続ける様は、体力と技術の両方が問われる歌舞伎舞踊屈指の見せ場です。
毛振りは首や体幹に大きな負荷がかかる動きで、演者の体力・気迫がダイレクトに伝わってきます。
豪快さを楽しみつつ、演者の呼吸や体さばきにも注目すると、より深く鑑賞できます。
初めて観る方へ|予備知識がなくても楽しめる
英執着獅子は、複雑な人間関係や台詞のやり取りを追う演目ではありません。
他の演目のあらすじを予習していなくても、単独で十分に楽しめる舞踊です。
観劇の際は、前半は衣裳の美しさや手獅子・扇といった小道具の使い方、後半は毛振りの迫力と長唄の盛り上がりに注目してみてください。
その対比だけで、この演目の魅力は十分に伝わってきます。
また、前半の傾城の場面では、蝶と戯れる仕草や手獅子を操る繊細な所作にも注目です。
静と動、優美と豪快という対照的な魅力を一人で踊り分ける様式美こそ、石橋物・女方舞踊の真骨頂といえます。
京鹿子娘道成寺と並んで、女方の代表的な変化舞踊の一つに数えられる演目でもあります。

伴奏音楽「長唄」にも注目
英執着獅子は、初代杵屋弥三郎が作曲した長唄を伴奏に踊られます。
前半の傾城の場面では優美でゆったりとした旋律が、後半の毛振りの場面では三味線・唄・鳴物が一体となった躍動感あふれる演奏が展開され、踊りの緩急を音楽の面からも支えています。
長唄や三味線、鳴物の基礎知識を先に知っておくと、舞踊の鑑賞がより楽しくなります。

近年の上演について
英執着獅子は、単独の女方舞踊として現在も上演機会のある演目です。
2026年10月には、南座「市川團十郎特別公演」夜の部『Invitation to KABUKI 歌舞伎の世界』でも上演が予定されています。
この公演全体の演目・日程・チケット情報は、以下の記事で詳しくまとめています。

まとめ
英執着獅子は、1754年初演という長い歴史を持つ、能『石橋』を典拠とした石橋物の一つです。
傾城の艶やかな踊りから獅子の精の豪快な毛振りへと転じる構成は、女方舞踊の様式美を凝縮した名作といえます。
物語の複雑さがなく視覚的に楽しめる演目なので、歌舞伎が初めての方にもおすすめです。
よくある質問(FAQ)
- 英執着獅子はどう読みますか?
-
「はなぶさしゅうじゃくじし」と読みます。
通称「執着獅子(しゅうじゃくじし)」とも呼ばれます。 - 上演時間はどれくらいですか?
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舞踊単独の上演時間は演出により変動しますが、おおむね20~30分程度が目安です。
正確な上演時間は劇場発表の番組表でご確認ください。 - 『連獅子』とはどう違いますか?
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どちらも能『石橋』を典拠とする「石橋物」の仲間です。
『連獅子』は親子(前シテ・後シテ)二人の獅子が毛振りを見せる演目であるのに対し、英執着獅子は一人の演者が傾城から獅子の精へと変化しながら踊る点が異なります。 - 歌舞伎初心者でも楽しめますか?
-
はい。
台詞中心の物語ではなく舞踊なので、予備知識がなくても視覚的に楽しめます。
前半の優美な踊りと後半の豪快な毛振りの対比を楽しむだけでも十分に見応えがあります。
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