六代目中村勘九郎とは?中村屋の芸・得意演目・見どころを歌舞伎ファン向けに解説

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歌舞伎界の「中村屋」を背負って立つ六代目中村勘九郎
春暁歌舞伎特別公演2026で全国を飛び回るいま、あらためてこの役者の芸と人となりを整理してみました。

父・十八代目中村勘三郎から受け継いだ「役者魂」と、令和の観客に向けて自ら切り開く新しい中村屋の姿——。
芸風・代表演目・巡業への思い・そして気になる襲名の話まで、まとめてお届けします。

目次

六代目中村勘九郎とは

六代目中村勘九郎(1981年10月31日生まれ)は、屋号・中村屋の歌舞伎役者・俳優。
本名は波野雅行。
定紋は角切銀杏、替紋は丸に舞鶴です。

父は十八代目中村勘三郎、弟は二代目中村七之助
母方の祖父は七代目中村芝翫という、歌舞伎界でも指折りの家系の生まれです。

1986年1月に歌舞伎座で初お目見得。
翌1987年1月、『門出二人桃太郎』の兄の桃太郎で二代目中村勘太郎を名乗り初舞台を踏みました。

2012年2月、新橋演舞場での『土蜘』『春興鏡獅子』にて六代目中村勘九郎を襲名。
父がかつて名乗っていた名前を継ぐという、なんとも重みのある瞬間でした。

中村屋の「血」と芸風

勘九郎の芸風を一言で表すなら、「役にのめり込む役者魂」でしょう。

祖父・十七代目勘三郎、父・十八代目勘三郎は、とにかく観客を喜ばせることを第一にした「うれしい役者」として愛されました。
その血はまぎれもなく勘九郎にも流れていて、舞台に立つたびにそれが滲み出てきます。

ただ、その表れ方は時代とともに変わっていきます。
昭和の観客を前にした祖父、平成の歌舞伎を引っ張った父——それぞれのやり方がありました。
令和の観客の前で勘九郎がどんな歌舞伎を見せていくか。
そのときの土台になるのが、父から厳しく仕込まれた芸の基本の正しさなのでしょう。

荒事も和事も——幅の広さが勘九郎の武器

勘九郎の舞台で忘れがたいのが、弟・七之助と一緒に勤めた父の追善『助六』での白酒売です。
荒事の花形・助六の兄という役ながら、実は深い江戸和事の芸が問われる難しい役。
その繊細な演じ分けを、勘九郎は本格の芸でしっかり見せてくれました。

一方、2018年1月の『車引』での梅王丸は荒事の真骨頂。
技術的にも難度の高い幕切れの裏見得を堂々と決めた名舞台として、いまも語り継がれています。

荒事の力強さと、和事の情感。両方をこなせる役者は、中村屋の芸の幅の広さそのものです。

「芝居っ気が強い」——それって褒め言葉

歌舞伎ファンの間で「芝居っ気が強い」と言われることがある勘九郎。
これは批評というより、愛情を込めた言葉として受け取られています。
どんな役にも全力でのめり込む姿勢が、観客の胸にストレートに刺さってくるのです。
父・勘三郎譲りの体質、と言えばいちばんわかりやすいかもしれません。

代表的な演目・見どころ

勘九郎の得意演目と、印象的な舞台をざっとまとめてみました。

演目見どころ
助六由縁江戸桜白酒売(実は曽我十郎)本格の江戸和事。七之助の助六との兄弟共演も見もの
菅原伝授手習鑑「車引」梅王丸荒事の真骨頂。幕切れの裏見得が圧巻
夏祭浪花鑑団七九郎兵衛父の休演を代演して評価を高めた、思い出深い役
義経千本桜「吉野山」佐藤四郎兵衛忠信実は源九郎狐狐の霊妙さと武将の気品を重ねた難役
春興鏡獅子小姓弥生後に獅子の精六代目勘九郎襲名披露の演目。前半の女形から後半の荒々しい獅子への変貌が見もの
棒しばり次郎冠者両手を縛られたまま、袖や体全体を使って軽やかに踊り切ります。

全国巡業への思い——「歌舞伎を届ける」という使命

勘九郎・七之助の兄弟が毎年続けている全国巡業は、中村屋の大きな柱のひとつです。
2022年にはついに47都道府県制覇を達成しました。

大劇場だけでなく、地方の芝居小屋や文化センターにまで足を運ぶのは、父・勘三郎が生涯をかけて貫いた「歌舞伎を観客のいる場所へ持っていく」という精神を受け継いでいるからでしょう。

2026年春も春暁歌舞伎特別公演2026として全国11か所を巡業中。
演目の「墨塗女」は歌舞伎役者が演じるのがなんと77年ぶりという、なかなかレアな作品です。

墨塗女とは

狂言物を題材したコミカルな歌舞伎演目で

都で長く仕事をしていた大名・万之丞が国元へ帰ることになり、親しくしていた女・花野に別れを告げに来ます。花野は顔に水を塗って泣くふりをしますが、それを見ていた太郎冠者がこっそり水を墨にすり替えます。花野は知らずに顔中を真っ黒に塗りたくってしまい……というコミカルな展開です。

怒った花野が今度は万之丞と太郎冠者の顔に墨を塗り返しにかかり、三人が追いかけっこをしながら舞台を駆け回る賑やかな幕切れが見どころです。

歌舞伎以外の顔——大河ドラマ・映画・オリンピック

勘九郎は歌舞伎の外でも存在感を見せてきました。

2019年NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』では、日本初のマラソンランナー・金栗四三を主演で演じました。
父・勘三郎も1999年の大河で主役を務めており、親子二代での大河主演というのも中村屋らしいエピソードです。

2021年の東京オリンピックでは、聖火リレーの最終ランナーとして東京都の到着式の聖火皿に点火。
歌舞伎役者という枠をはるかに超えた場面での活躍でした。

NHKドラマ『中村仲蔵 出世階段』での仲蔵役も、歌舞伎ファンのあいだでとても評判が高い一作です。

近年の舞台活動

春暁歌舞伎特別公演猿若祭平成中村座が、近年の中村屋の活動の三本柱です。

なかでも平成中村座は、江戸時代の芝居小屋の雰囲気を再現した特設劇場での公演。
名古屋・浅草など各地で開催され、大劇場とはまた違う近さと熱量が味わえます。
父・勘三郎が立ち上げたこの形式を、勘九郎と七之助が受け継いで続けています。

猿若祭は、江戸歌舞伎の祖・猿若勘三郎を記念する歌舞伎座の公演で、中村屋にとって精神的な原点ともいえる舞台です。
2024年2月の猿若祭では十八代目勘三郎十三回忌追善として『籠釣瓶花街酔醒』の佐野次郎左衛門を勤め、大きな評判を呼びました。

弟・七之助との共演

勘九郎の舞台に欠かせないのが、弟・二代目中村七之助との共演です。
立役の勘九郎と女形の七之助という対照的な組み合わせが舞台に揃うとき、中村屋ならではの華やかなバランスが生まれます。
全国巡業でも毎年兄弟揃って地方へ出向き、観客との距離を縮めているのもうれしいところです。

「十九代目中村勘三郎」襲名の可能性

歌舞伎ファンのあいだで大きな注目を集めているのが、勘三郎の名跡継承です。

2026年2月の『猿若祭二月大歌舞伎』初日、舞台上で片岡仁左衛門「私の目の黒いうちに早く、十九代目中村勘三郎の襲名を…」と祝福の言葉を述べる場面がありました。
これに対し勘九郎は「それはまだ先のことでございます」と返し、客席も一体となっておめでたいムードに包まれたそうです。

公式な発表はまだありませんが、歌舞伎界の重鎮・仁左衛門が舞台上でここまで踏み込んで言及したのは、ファンにとってはかなりのサプライズでした。
もし実現すれば、勘九郎という名は次の世代(現・三代目勘太郎)へと引き継がれ、中村屋の新たな時代が幕を開けることになります。

「当たり役はいらない」——勘九郎の役者観

歌舞伎役者にはよく「当たり役」という言葉が使われますが、勘九郎はその考え方に少し距離を置いています。インタビューではこんな言葉を残しています。

「当たったと言われると制作サイドはそればっかり持ってくるけど、役者にとってそれは危険ですよ。それを鵜呑みにして演じていたら、少なくとも僕はつまらない。せっかくだったら、いろんな役を演じたいです。」

一つの役に固定されるより、さまざまな役に挑戦し続けることが役者の醍醐味——そういう考え方です。
型にとらわれず舞台と向き合う姿勢は、父・勘三郎が生涯体現し続けたものでもあります。

歌舞伎の魅力は「衣裳の美しさ」

勘九郎は、歌舞伎の魅力として衣裳の色彩美についても語っています。
『仮名手本忠臣蔵』「大序」の場面を例に挙げ、浅黄・玉子・赤・黒、中央には紫の長裃をまとった役者たちが舞台に並ぶ光景を「何度見ても心を奪われる」と表現しました。
ストーリーや演技だけじゃない、舞台の色彩そのものが歌舞伎の魅力なんだと改めて気づかせてくれる言葉です。

「座右の銘はない」という答え

「座右の銘はありますか?」という問いに、勘九郎はこう返しました。

「ええー!やめておきましょうよ(笑)。僕、座右の銘がないんです。ちなみに好きな言葉もありません。」

決まった言葉に縛られるより、その時々の舞台に全力で向き合う——この一言にも、型にはまらない勘九郎らしさがちゃんと出ている気がします。

次世代へ——三代目勘太郎と二代目長三郎

2017年2月、長男・七緒八が三代目中村勘太郎を、次男・哲之が二代目中村長三郎をそれぞれ名乗り初舞台を踏みました。

父が背負ってきた中村屋の名は、今度は自分の息子たちへと受け継がれていきます。
祖父から父へ、父から自分へ、そして自分から息子たちへ——中村屋の芸の連鎖は、令和の舞台でも着実に続いています。

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