押戻(おしもどし)とは、歌舞伎で怨霊や妖怪などの異形の存在を花道から本舞台へ押し返し、舞台の混乱を収める勇者の役、またはその演出のことです。
主に物語の終盤に登場し、荒れ狂う存在を力強く押し返して舞台を鎮める「クライマックスの見せ場」として上演されます。
歌舞伎十八番にも数えられる、江戸歌舞伎の特徴である荒事(あらごと)の代表的な表現であり、豪快で超人的なヒーロー像を象徴する存在です。
▶歌舞伎の荒事とは?市川團十郎が生んだ豪快な演技様式をわかりやすく解説
この記事でわかること
押戻の意味と役割
押戻が登場する場面
装束や隈取の見どころ
代表的な上演演目
荒事との関係
押戻とは
押戻は、独特の装束を身につけた勇者が登場し、花道まで飛び出してきた怨霊や妖怪を本舞台へと押し返す役どころです。
単に敵を倒すのではなく、舞台を乱す存在を押し返し、秩序を取り戻すことに意味があります。
「押し戻す」という動作そのものが役名の由来となっており、荒事のヒーローの力強さを象徴する見せ場として発展しました。
演目によって役名は異なり、代表的なものには次のような名があります。
役名は演目ごとに異なり、大館左馬五郎(おおだてさまごろう)、竹抜五郎(たけぬきごろう)などの名が使われます。
他にも坂田金時、平井保昌など。
押戻は歌舞伎十八番のひとつ
押戻は、市川宗家に代々伝わる歌舞伎十八番のひとつです。
歌舞伎十八番は、初代市川團十郎以来の荒事の芸を集大成したもので、その中に押戻が含まれていることからも、荒事を代表する重要な演目であることがわかります。
押戻の登場シーン
物語が大詰めを迎え、舞台に緊張感が高まると、花道の揚幕の奥から勇壮な掛け声が響きます。
\しばらぁーーーくーーー!/
という声が花道の揚幕の奥から響きます。
やがて、ど派手な姿の人物が、
どすどすどすどすと花道を進んでくる。
\あーーりゃーーーこりゃーーー!/
\でぇーーーーっけぇーーーー!/
とはやされながら満を持して登場するのが押戻です。
花道で怨霊や妖怪と向き合い、にらみ合い、
ついにはぐいぐいと本舞台へ押し戻す。
その圧倒的な存在感が、舞台を一気に支配します。
押戻の装束と象徴
押戻は、荒事特有の装束で登場します。
- 赤い隈取
- 荒事の鬘と衣裳
- 高下駄
- 蓑と竹笠
- 背に仁王襷
- 手に太い青竹
とにかく常軌を逸した迫力です。
隈取

隈取(くまどり)は、役柄の性格や善悪を誇張する歌舞伎独特の化粧法。
- 赤:勇気・若さ・正義
- 藍:邪悪・亡霊
- 茶:土蜘蛛など非情な悪
顔の筋肉や血管を誇張した図案で、荒事の力強さを視覚的に表現します。
仁王襷(におうだすき)
背中に大きな結び目のある鮮やかな羽二重の糸束で編んだ襷。
呪力を象徴する装身具とされ、民俗的な神事との関連も指摘されています。
青竹の意味
手に持つ太い青竹は、単なる小道具ではありません。
竹は丈夫でしなり、弾き返す力が強い素材。
古くは竹を燃やして大きな音を出すことで魔除けに使われました。
邪気を祓い、荒れた気を鎮める象徴とも考えられています。
押戻が登場する代表演目
押戻は、幕切れに登場することが多いです。
代表的なのは、娘道成寺などの道成寺物です。
終盤、鐘にまつわる怨念が頂点に達した場面で押戻が登場し、
荒れ狂う存在を力で押し返し、舞台を鎮めます。
また、鳴神などでも、
荒事の力強さを象徴する存在として登場することがあります。
終盤で押戻が現れ、荒れ狂う存在を鎮め、舞台を清めるように物語を締めくくります。
押戻がある場合は副題として「押戻まで」と書かれています。
上演される方が少ないので、見つけたらぜひご覧になってください。
なぜ「押戻」は人気なのか
押戻が人気を集める理由は、歌舞伎の魅力が一度に味わえるからです。
花道いっぱいに繰り広げられる押し合い、派手な隈取、豪華な衣裳、そして荒事特有の大きな動き。
初心者でも「すごい!」と直感的に楽しめる場面が多く、歌舞伎を初めて観る人にもわかりやすい見せ場になっています。
実際に観劇すると、役者同士が本当に力比べをしているように見えますが、そこには長年受け継がれてきた型と息の合った演技があります。
花道に近い席で見ると、押戻の迫力をより強く感じられるでしょう。
押戻の本質 ― 荒事ヒーローの象徴
押戻は、ただの怪力の勇者ではありません。
混沌を鎮め、舞台を清め、秩序を取り戻す存在です。
怨霊を「退治」するのではなく、その怒りを「鎮める」。
そこに、荒事の美学があります。
物語の最後に現れ、圧倒的な力で世界を整える――
それが押戻という役なのです。
- 押戻とは何ですか?
-
歌舞伎で怨霊や妖怪を力強く押し返し、舞台の混乱を収める勇者の役、またはその演出のことです。
- 押戻は歌舞伎十八番ですか?
-
はい。押戻は市川宗家に伝わる歌舞伎十八番の一つです。
- 押戻はどの演目で見られますか?
-
『京鹿子娘道成寺』に続く「押戻」や、『土蜘蛛』『戻橋』などで見られます。
- 押戻と荒事の関係は?
-
押戻は、荒事を代表する演目・役どころの一つで、豪快な動きや隈取、力強い見得など、荒事の魅力が凝縮されています。
歌舞伎が初めての方へ
歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説




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