『神楽諷雲井曲毬(かぐらうたくもいのきょくまり)』、通称「どんつく」は、弘化3年(1846年)に江戸・市村座で初演された歌舞伎舞踊です。
田舎者のどんつくと、江戸っ子たちが入れ替わり立ち替わり踊りを見せる、賑やかで華やかな一幕として親しまれています。
物語性よりも、次々と踊り手が入れ替わる祝祭的な楽しさが魅力の演目。
新春浅草歌舞伎など、若手が勢ぞろいする公演の打ち出し(大詰め)としてもよく上演されます。
この記事では『どんつく』のあらすじ・見どころを初心者にもわかりやすく解説します。
『どんつく』とは?
正式な演目名は『神楽諷雲井曲毬』ですが、主人公の名前から「どんつく」の通称で親しまれています。
「神楽諷」というタイトルの通り、太神楽(だいかぐら)と呼ばれる大道芸的な芸能の雰囲気を取り入れた作品です。
特定の主役だけが目立つのではなく、田舎者・親方・田舎侍・若旦那・子守・白酒売・芸者・大工など、江戸の街に暮らす様々な人物が次々に登場し、それぞれの持ち味を見せる踊りが続いていきます。
作者は三世桜田治助。
常磐津(ときわづ)を伴奏に用いた舞踊劇で、弘化3年(1846年)の初演では四世中村歌右衛門と十二世市村羽左衛門が主要な役を勤めました。
「どんつく」という呼び名自体は、もともと愚鈍な者を意味する言葉です。
太神楽の親方に供をして滑稽をまき散らす下男や田舎者を指す通称で、これが主人公のあだ名としてそのまま作品名にもなっています。
「どんつく」を彩る常磐津と太神楽
常磐津節は、初代常磐津文字太夫が延享4年(1747年)に興した浄瑠璃の一流派で、江戸歌舞伎とともに発展してきた音楽です。
歌舞伎の舞踊ではおもに伴奏として用いられ、舞台上に姿を見せた演奏者が物語や情景を語りながら踊りを盛り上げていきます。
一方の太神楽は、伊勢神宮や熱田神宮の信仰と結びついた獅子舞や曲芸を起源とする芸能で、江戸時代後期には寄席演芸としても広く大衆の人気を集めました。
「どんつく」は、この太神楽の一座を率いる親方と、その供をする田舎者という設定を借りて、江戸庶民の暮らしをにぎやかに舞踊化した一幕といえます。
『どんつく』のあらすじ
幕が開くと、田舎者のどんつくと、太神楽の親方・鶴太夫、太鼓打の3人が賑やかに踊りはじめます。
どんつくの飄々としたとぼけた味わいが、この場面の見どころ。
続いて田舎侍や若旦那、子守が入れ替わり登場して踊りを見せ、促されて白酒売も踊りに加わります。
後半になると、芸者が大工を相手にぐっと艶っぽい踊りを見せ、雰囲気が一段と華やぎます。
そして再びどんつくと鶴太夫が登場し、扇を使った軽やかな舞を披露。
最後は、それまで登場した顔ぶれが全員そろい、初春を寿ぎながら華やかに舞い納めて幕となります。
『どんつく』の登場人物
どんつく(荷持どんつく)
タイトルロールの田舎者。
飄々ととぼけた味わいのある踊りが持ち味で、この演目の顔ともいえる存在です。
2024年の新春浅草歌舞伎では、坂東巳之助が演じました。
親方鶴太夫
太神楽の親方。
どんつくと息の合った踊りを見せ、終盤では扇を使った軽やかな舞も披露します。
2024年の新春浅草歌舞伎では、中村歌昇が演じました。
太鼓打・大工
親方の一座に連なる男たち。
威勢のよい踊りで場を盛り上げます。
2024年の新春浅草歌舞伎では、太鼓打を中村種之助、大工を中村隼人が演じました。
子守・若旦那・芸者・白酒売・田舎侍
江戸の街に暮らす様々な人物たち。
それぞれの役柄らしい持ち味を生かした踊りを次々に見せていきます。
2024年の新春浅草歌舞伎では、子守を中村莟玉、若旦那を中村橋之助、芸者を中村米吉、白酒売を坂東新悟、田舎侍を尾上松也が演じ、豪華な顔ぶれが話題となりました。
『どんつく』の見どころ
次々に入れ替わる踊りの饗宴
一人の主役を追いかける物語ではなく、様々な人物が入れ替わり立ち替わり踊りを見せていく構成そのものが最大の魅力です。
江戸の風俗描写ゆたかな舞台を、まるでパレードを眺めるように楽しめます。
どんつくのとぼけた味わい
田舎者らしい飄々とした雰囲気を漂わせながら踊るどんつくは、この演目ならではのユーモラスな見どころ。
2024年の新春浅草歌舞伎では坂東巳之助がどんつくを演じ、後半の芸者と大工の艶っぽいやりとりとの対比が話題になりました。
初春を寿ぐ華やかな総踊り
登場人物が全員そろって踊り納める大詰めは、この演目最大の見せ場。
お祝いの空気に満ちた総踊りは、公演の打ち出しにふさわしい華やかさです。
顔ぶれの多い一門総出演の公演で上演されることが多いのも特徴です。
作者・三代目桜田治助と『どんつく』の上演史
作者の三代目桜田治助は、享和2年(1802年)江戸深川仲町の生まれ。
天保4年(1833年)に中村座で三代目を襲名し、天保6年(1835年)には立作者となりました。
常磐津をはじめとする音曲の作詞を得意とし、生涯で200以上ともいわれる作品に携わった、幕末を代表する狂言作者の一人です。
『どんつく』は、当代の名優・十代目坂東三津五郎が得意とし、繰り返し演じてきた演目としても知られています。
平成27年(2015年)に三津五郎が逝去した後、平成29年(2017年)3月の歌舞伎座「三月大歌舞伎」では、三回忌追善狂言として『どんつく』が上演され、息子の二代目坂東巳之助がどんつくを演じました。
父から受け継いだ持ち役を息子が舞台にかける、追善興行ならではの感慨深い上演だったといえます。
『どんつく』のよくある質問(FAQ)
- 「どんつく」とはどんな演目ですか?
-
正式名称は『神楽諷雲井曲毬』。田舎者のどんつくを中心に、江戸の街に暮らす様々な人物が入れ替わり踊りを見せていく、祝祭的な雰囲気の歌舞伎舞踊です。
- 『どんつく』はいつ初演されましたか?
-
弘化3年(1846年)、江戸の市村座で初演されました。
- どんな公演でよく上演されますか?
-
登場人物が多く華やかな総踊りで幕を閉じるため、新春浅草歌舞伎のように若手が勢ぞろいする公演の打ち出しとしてよく上演されます。
- 初心者でも楽しめますか?
-
はい。難しい物語知識がなくても、次々に入れ替わる踊りと賑やかな雰囲気をそのまま楽しめるので、歌舞伎初心者にもおすすめの一幕です。
- 「どんつく」という名前にはどんな意味がありますか?
-
本来は愚鈍な者を意味する言葉で、太神楽の親方に供をして滑稽を振りまく下男や田舎者を指す通称です。
これが主人公のあだ名としてそのまま演目名にもなっています。 - 常磐津や太神楽とはどんな芸能ですか?
-
常磐津は江戸歌舞伎とともに発展した浄瑠璃の一流派で、舞踊の伴奏として用いられます。
太神楽は伊勢神宮などの信仰に由来する獅子舞や曲芸の芸能で、江戸後期には寄席演芸としても親しまれました。『どんつく』はこの太神楽の一座を題材にした舞踊劇です。 - 『どんつく』と坂東三津五郎にはどんな関係がありますか?
-
十代目坂東三津五郎が得意とし、繰り返し演じてきた持ち役です。
2017年3月の歌舞伎座「三月大歌舞伎」では、三津五郎の三回忌追善狂言として上演され、息子の二代目坂東巳之助がどんつくを演じました。
歌舞伎が初めての方へ
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歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ
『どんつく』は、
- 田舎者どんつくのとぼけた味わい
- 江戸の様々な人物が入れ替わり見せる踊りの饗宴
- 芸者と大工の艶っぽいやりとり
- 初春を寿ぐ華やかな総踊りの締めくくり
が魅力の一幕です。
難しい筋を追う必要がなく、賑やかな雰囲気をそのまま楽しめるので、歌舞伎に初めて触れる方の入門編としてもぴったりです。



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