歌舞伎の世界でしばしば耳にする「家の芸」「お家芸」という言葉。
同じ演目でも「この家の芸」と呼ばれることがありますが、それは一体どういう意味なのでしょうか。
本記事では、「家の芸」とは何か、その成り立ちや背景を整理したうえで、各家の代表的な演目を一覧で紹介します。観劇の前に知っておきたい基礎知識として、あらためて確認してみましょう。
家の芸とは?
「家の芸」とは、役者の家系が代々得意とし、受け継いできた芸や演目のことを指します。
広い意味では、團十郎家の荒事のように、その家ならではの芸風や役どころも含まれます。
一方で、「十八番」や「十種」などの名称を付して、正式に“家の芸”として制定されたものもあります。これは特定の演目を選び、家の看板芸として明確に位置づけたものです。
その発端となったのが、天保期に七代目市川團十郎が定めた「歌舞伎十八番」です。これを契機に、明治以降、各家が相次いで家の芸を制定しました。
ただし、これらは一種の流行的側面も持ち、その時代の人気演目や当代の名優の得意芸が色濃く反映されています。
そのため「家の芸」と称されながらも、今日では上演機会に恵まれない作品も少なくありません。
屋号と「家」の関係
歌舞伎俳優はそれぞれ「屋号」を持っています。
江戸時代、苗字は武士階級のみが許されたものでした。
そのため商家や農家は「屋号」を用いて家を示しました、役者もこれにならい、屋号を名乗るようになったといわれています。
屋号の由来はさまざまです。
たとえば、市川團十郎家の「成田屋」は、初代團十郎が成田不動を深く信仰していたことに由来すると伝えられます。また、出身地やゆかりの地に由来する屋号も多く見られます。
歌舞伎は世襲制の芸能です。
名前だけでなく屋号も代々受け継がれ、屋号そのものが「家」を象徴する存在となりました。
そして、その家が特に誇りとする芸が「家の芸」と呼ばれるようになったのです。
代表格「歌舞伎十八番」
「家の芸」として最も広く知られているのが、市川宗家の「歌舞伎十八番」と「新歌舞伎十八番」です。
『助六』『勧進帳』『外郎売』などが含まれ、いずれも荒事と呼ばれる様式の演目です。
荒事とは、超人的な力をもつ勇者が豪快に悪を討つ、江戸歌舞伎独特の演技様式で、初世・二世・四世團十郎が得意としました。
これらを天保年間(1830〜1844)に七代目市川團十郎が十八演目に選定し、市川宗家の家の芸として定めたものが「歌舞伎十八番」です。
十八番の台本は、歴代当主によって箱に納められ、大切に保管されました。そこから転じて、最も得意なものを「御箱(おはこ)」と呼ぶようになったといわれています。
今日、カラオケなどで「私の十八番」と言う語源もここにあります。
十八番の継承と復活
もっとも、十八番すべてが現在も頻繁に上演されているわけではありません。
長らく上演が途絶え、内容の詳細が不明となった演目も存在します。
十二代目市川團十郎は、こうした演目の復活に尽力しました。
限られた資料をもとに再構成し、ときに新作歌舞伎のような形で舞台に蘇らせる試みを重ねました。
それは、市川宗家の当主として家の芸を守り伝えようとする強い使命感によるものでした。
家の芸の現在
明治以降に数多く制定された家の芸は、その時代の空気や役者の個性を映す存在でもあります。
だからこそ、時代とともに上演頻度が変化することもあります。
それでもなお、「家の芸」は歌舞伎の核にある考え方です。
数多の家が、それぞれの誇りとともに芸を守り、受け継いできたことが、歌舞伎を今日まで存続させてきた大きな力となっています。
主な家の芸一覧
| 屋号 | 家の芸 |
| 成田屋・市川宗家 | 歌舞伎十八番(かぶき じゅうはちばん) 新歌舞伎十八番(しん かぶき じゅうはちばん) |
| 高島屋・市川左團次家 | 杏花戯曲十種(きょうか ぎきょく じっしゅ) |
| 澤瀉屋・市川猿之助家 | 猿翁十種(えんおう じっしゅ) 猿之助十八番(えんのすけ じゅうはちばん) 猿之助四十八撰(えんのすけ しじゅうはっせん) |
| 橘屋・市村羽左衛門家 | 可江集(かこうしゅう) |
| 音羽屋・尾上菊五郎家 | 新古演劇十種(しんこ えんげき じっしゅ) |
| 松嶋屋・片岡仁左衛門家 | 片岡十二集(かたおか じゅうにしゅう) |
| 紀伊國屋・澤村宗十郎家 | 高賀十種(こうが じっしゅ) |
| 成駒屋・五代目中村歌右衛門家 | 淀君集(よどぎみ しゅう) |
| 成駒屋・中村鴈治郎家 | 玩辞楼十二曲(がんじろう じゅうにきょく) |
| 播磨屋・中村吉右衛門家 | 秀山十種(しゅうざん じっしゅ) |
| 三河屋・市川團蔵家 | 古劇八種(こげき はっしゅ) |
まとめ
各家が受け継いできた代表的な演目を知ることで、同じ作品でも異なる味わいを感じ取ることができます。観劇の際には、ぜひその家ならではの芸にも注目してみてください。



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