歌舞伎『お祭り』とは?あらすじ・見どころ|江戸の山王祭を描く清元の舞踊を解説

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『お祭り』は、江戸の山王祭を題材にした清元(きよもと)の歌舞伎舞踊です。
山王祭とは、現在の東京・赤坂にある日枝神社の祭礼のこと。
江戸時代には、山車(だし)が町を練り歩く盛大な祭りとして、江戸の人々を沸かせました。

主役は、祭りを終えてほろ酔い気分で町内へ戻ってくる鳶頭(とびがしら)です。
大事件が起こるわけではありません。
恋の話をしたり、遊びを踊りに取り入れたり、若い衆を軽くあしらったり。
その振る舞いに、江戸っ子の粋と心意気が詰まっています。

この記事では、あらすじと登場人物、有名な「待ってました!」の掛け合い、見どころ、「申酉(さるとり)」という別名の由来まで、歌舞伎が初めての方にもわかりやすく解説します。

目次

歌舞伎『お祭り』とは|江戸の山王祭を描く清元の舞踊

『お祭り』は、江戸三大祭のひとつ、山王祭の賑わいを背景にした踊りです。
ほかの二つは、浅草の三社祭と、神田明神の神田祭。
三社祭は歌舞伎舞踊『三社祭』にもなっています。
清元には、この三つの祭りをそれぞれ題材にした曲があるとされます。

『お祭り』の基本情報は、次のとおりです。

通称・別名『お祭り』、『申酉(さるとり)』
本名題『再茲歌舞妓花轢(またここにかぶきのはなだし)』
音楽清元
作詞二世桜田治助
作曲初世清元斎兵衛
初演1826年(文政9年)6月、江戸・市村座
題材江戸・山王祭(日枝神社の祭礼)

清元は、太夫の語りと三味線で、人物の気分や舞台の空気を表現する音楽です。
『お祭り』では、その音楽と踊りが一体になって、祭りの賑わいを感じさせます。
歌舞伎の音楽の全体像は、歌舞伎の音楽入門でも解説しています。

『お祭り』のあらすじ|ほろ酔いの鳶頭が見せる江戸っ子の心意気

ここでは、鳶頭を中心とする一般的な演出のあらすじを紹介します。
公演によって配役や踊りの構成は異なる場合があります。

舞台は、山王祭でにぎわう江戸の町。
祭りを終えた夕方、ほろ酔い機嫌の鳶頭が、町内へ戻ってきます。
あちらでもこちらでも「頭、頭」と呼ばれる人気者です。

恋のいきさつを語る「クドキ」

上機嫌の鳶頭が語り始めるのは、恋の話です。
清元の詞章には「じたい去年の山帰り」という言葉が出てきて、「初めての一座で知り合った相手と恋仲になった」というような、のろけ話へと続きます。
威勢のいい鳶頭も、恋のこととなると人間くさい。
こうした恋心を語る部分を「クドキ(口説き)」といいます。

狐拳を取り入れた踊り

続いて、詞章に「お客が三人庄屋ぽんぽん狐拳」と出てくる場面で、座敷遊びの狐拳を取り入れた踊りになります。
狐拳は、狐・庄屋・猟師の三者による昔の拳遊びです。
狐は庄屋に勝ち、庄屋は猟師に勝ち、猟師は狐に勝つという、じゃんけんに似た仕組みです。

「引き物尽くし」の言葉遊び

さらに「引けや引け引け」と調子が変わり、「引く」に関係する言葉を次々に並べる「引き物尽くし」が始まります。
江戸らしい言葉遊びで、この部分も聴きどころです。

若い衆とのからみ、そして幕

にぎやかさが増すと、鳶頭のまわりに若い衆が「からみ」として登場します。
鳶頭は相手を粋にあしらい、威勢のよさも、遊び心も、恋に浮かれる姿も見せたまま、江戸の男らしい姿で踊り納めます。

日本大百科全書は、内容を「口説、字余り都々逸(どどいつ)、拳の踊り、引くもの尽くし、木遣(きやり)くずしなど」と紹介しています。
筋で見せる芝居というより、場面ごとの趣向を味わう舞踊です。

『お祭り』の登場人物|鳶頭・若い衆・芸者

鳶頭(とびがしら)|祭りの町内で慕われる男

主役の鳶頭は、町内で「頭」と立てられる人気者です。
威勢がよく、義理人情にも厚い。
祭りの場で一目置かれる、江戸のいい男を代表するような人物として描かれます。
公演によっては「松吉」という名の鳶頭として演じられることもあります。
2014年12月の南座「吉例顔見世興行」では、片岡仁左衛門が「鳶頭松吉」を勤めました。

若い衆|鳶頭にからむ町内の若者

鳶頭のほかに、「からみ」の役の若い者が数人登場する演出があります。
鳶頭が軽くあしらう相手として、舞台を賑やかにします。

芸者|鳶頭のかわりに踊りの中心にもなる役

日本大百科全書によると、女方が芸者姿で出ることもあり、演出や振付は必ずしも一定していません。
鳶頭と芸者がともに出る形もあります。

『お祭り』の人物は、公演ごとに設定が異なる場合があります。
観劇前に、公式の配役表で、どの役が出るのかを確認しておくと安心です。

「待ってました!」は誰が言う?鳶頭の返答と掛け合い

『お祭り』で特に有名なのが、客席から「待ってました!」と声が掛かる場面です。
歌舞伎では、客席から役者に声を掛ける文化があり、その声や声を掛ける人を「大向う」と呼びます。

これを受けて、鳶頭が「待っていたとはありがてぇ」と返し、続きの台詞を言うのが定番の演出です。
清元國惠太夫の解説によると、この台詞は清元の本文とは演出が少し変えてあり、歌舞伎や日本舞踊では、演出を変えたほうが多く使われるといいます。

この一言が面白いのは、舞台上の鳶頭と、それを演じる役者の両方に意味が重なるからです。
町内の人々が頭の登場を待ちわびている、その気持ちが、役者を待っていた客席の気持ちと重なります。

復帰舞台で意味を持った掛け合い

実際に、この掛け合いが特別な意味を持った公演もありました。
2014年6月の歌舞伎座「六月大歌舞伎」昼の部の『お祭り』では、片岡仁左衛門が、前年10月以来7か月ぶりに歌舞伎座の舞台へ復帰しました。
客席から「待ってました!」の声が掛かり、仁左衛門が「待っていたとはありがたい」と答えると、復帰を心待ちにしていた観客から大きな拍手が起こったと、歌舞伎美人の初日レポートが伝えています。

作中の鳶頭を待つ町内の人々と、役者の復帰を待っていた客席の気持ちが、一つの台詞に重なった例です。

清元國惠太夫も、ブログで同じような場面に触れています。
大阪・新歌舞伎座で上演された『お祭り』では、鳶頭を勤めた中村勘三郎が約11か月ぶりに舞台復帰した公演で、台詞のやり取りがいろいろな意味を持って感じられたと書いています。

ただし、言い回しは公演によって異なります。
また、実際の公演で必ず大向うの声が掛かるとは限りません。
初めて観る人が、無理に声を出す必要もありません。
声が聞こえたときに、鳶頭がどんな表情や間合いで応えるかに注目すると、楽しみが一つ増えます。

大向うの意味や、掛け声のマナーについては、次の記事で詳しく紹介しています。

『お祭り』の見どころ|鳶頭の粋な仕草・狐拳・引き物尽くし

鳶頭の身のこなし

「粋でいなせ」とよく言われますが、それだけでは何が格好いいのか、わかりにくいかもしれません。
まずは、鳶頭の歩き方や、動きを止める間合いに注目してみてください。
急いで踏み出すのか、余裕を見せながら足を運ぶのかで、人物の印象は変わります。

肩の動き、視線の向け方、ちょっとした表情。
こうした小さな動作が重なって、町内で頼りにされる鳶頭の人物像が浮かび上がります。
大きな技を探すより、人物の魅力を楽しむ見方もあります。

衣裳の華やかさ

鳶頭の粋を視覚的に楽しむなら、衣裳にも注目です。
祭りや祝いの場にふさわしい、大きな紋や柄を染め抜いた華やかな装いが使われることがあります。
衣裳の細かな意匠は公演によって異なります。
演じる役者の家の紋が使われる場合もあり、誰が踊っているのかを衣裳から楽しむこともできます。

狐拳の遊びを知っておく

狐拳は、狐・庄屋・猟師の三すくみです。
狐は庄屋に勝ち、庄屋は猟師に勝ち、猟師は狐に勝ちます。
舞台の振付がこの遊び方と完全に同じとは限りませんが、身振りに遊びの意味があると知っているだけで、踊りへの興味が湧いてきます。

引き物尽くしの言葉遊び

耳で楽しみたいのが、「引き物尽くし」です。
清元の「引けや引け引け」という掛け声から、次々に「引く」に関係する言葉が登場します。

清元國惠太夫の解説では、たとえば次のような例が挙げられています。

詞章「引く」の意味
子の日の小松正月の子の日に、外で小松を引き抜いて祝う習わし
菖蒲に大根根を引き抜くもの
袖たもと袖を引く(相手の気を引く)仕草
人形筆売り人形の首を長く出したり縮めたり(引いたり)して見せる

同じ「引く」でも、引き抜く、袖を引く、首を引っ込める、と意味がさまざまに変わっていきます。
意味を少し知っておくと、言葉遊びに合わせて踊る鳶頭の姿が、また違って見えてきます。

清元の音楽の変化

これらの踊りを支えるのが、清元の音楽です。
祭りの威勢のよさから、恋のクドキへ、さらに賑やかな引き物尽くしへと、語りと三味線の気分が変わっていきます。
歌詞がすべて聞き取れなくても構いません。
音楽の勢いが変わるところで、鳶頭の動きや表情がどう変わるのかを見ると、耳と目が一緒になって楽しめます。

音楽の役割をもう少し知りたい方は、こちらもあわせてどうぞ。

『お祭り』には芸者が主役の演出もある|鳶頭版との違い

ここまで紹介してきたのは、鳶頭を中心とする演出です。
しかし、この作品には、芸者が中心となって踊る演出もあります。

たとえば、2022年1月の大阪松竹座「坂東玉三郎 初春特別舞踊公演」では、玉三郎が芸者を勤めました。
公式の紹介では、「赤坂山王にある日枝神社の祭礼の日」を舞台に、美しい芸者が威勢のいい若い衆を相手に華麗に踊る、と案内されていました。
芸者一人が、若い衆を相手にする形です。

鳶頭版では、威勢のいい江戸の男の余裕や心意気が中心になります。
一方、芸者版では、晴れ姿の芸者が祭りを楽しむ、粋な風情が前面に出ます。
同じ曲を使っても、誰が、どんな役で踊るかによって、印象は大きく変わります。

観劇前には、公式の公演解説と配役を確認して、自分が観る『お祭り』がどんな形なのかを知っておくと、より楽しみやすくなります。

『お祭り』が「申酉」と呼ばれる理由|初演と作品の歴史

『お祭り』は、「申酉(さるとり)」という名前でも知られています。
この呼び名には、江戸の山王祭の歴史が関わっています。

「申酉」の由来

精選版 日本国語大辞典によると、「申酉」はもともと、日枝神社の祭礼の俗称でした。
江戸時代の祭りで、南伝馬町が猿の姿の山車を、大伝馬町が鶏の山車を出したことから、そう呼ばれたといいます。
そこから、この祭りを題材にした清元の曲の通称にもなりました。
実際、清元の歌い出しは「申酉の花も盛りの暑さにも」と始まります。

一方で、日枝神社が江戸城から見て、申酉(西南西)の方角にあることに由来する、という説明もあります。
呼び名の背景は資料によって説明が異なるため、複数の説があると知っておくとよいでしょう。

三段返しの舞踊として生まれた

『お祭り』の初演は、1826年(文政9年)6月、江戸の市村座です。
三世坂東三津五郎が踊りました。
作詞は二世桜田治助、作曲は初世清元斎兵衛とされています。

本名題の『再茲歌舞妓花轢』は、もともと三つの姿を見せる三段返しの舞踊でした。
上が「武内宿禰(たけのうちのすくね)」の山車人形、中が漁師の「網打ち」、下が金棒引の鳶頭「申酉」です。
このうち、最後の鳶頭の踊りだけが、今日まで踊り継がれています。

初演の年は、ちょうど山王祭が行われる年にあたり、祭りに合わせて上演されたと説明されています。
江戸の祭りの賑わいを背景に、鳶頭の粋な姿を見せる舞踊が、約200年たった今も、踊り継がれているのです。

壽 初春大歌舞伎で観られる『お祭り』|出演者と公演情報

『お祭り』は、2027年1月の歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」の昼の部で、『阿蘭陀萬歳』に続いて上演されます。
このあとには『鶴亀』が続きます。
出演者は、次のとおり発表されています。

役名出演
鳶頭中村歌昇、中村隼人
芸者坂東新悟、尾上右近、中村雀右衛門

鳶頭と芸者がともに登場する配役です。
公演期間は2027年1月2日(土)〜26日(火)で、8日(金)と18日(月)は休演です。
昼の部は午前11時開演です。

上演時間は公演ごとに異なりますが、過去の公式案内では、2014年12月の南座も、2022年1月の大阪松竹座も、約20分の予定でした。

ほかの演目や料金、チケットの買い方は、歌舞伎座の初春大歌舞伎の記事でまとめています。

衣裳や振付、踊りの構成の細かな点は、現時点では詳しく発表されていません。

『お祭り』に関するよくある質問(FAQ)

『お祭り』と『申酉』は同じ演目ですか?

同じ作品です。
『お祭り』は通称で、歌い出しの言葉から『申酉(さるとり)』とも呼ばれます。
本名題は『再茲歌舞妓花轢』です。

『お祭り』はどんな話ですか?

山王祭を終えてほろ酔いで戻ってきた鳶頭が、恋の話や狐拳、言葉遊びを踊りに取り入れながら、若い衆を軽くあしらう舞踊です。
事件を解決する筋があるわけではなく、江戸っ子の粋を味わう作品です。

「待ってました!」は、誰が言うのですか?

客席から、大向うの声として掛かります。
それを受けて、鳶頭が「待っていたとはありがてぇ」と返すのが定番の演出です。
ただし、実際の公演で必ず声が掛かるとは限りません。

上演時間はどれくらいですか?

過去の公式案内では、約20分の予定でした。
2014年12月の南座「吉例顔見世興行」と、2022年1月の大阪松竹座の公演が、どちらもこの長さです。
2027年1月の歌舞伎座の上演時間は、公式発表を確認してください。

初めて観る人でも楽しめますか?

筋を覚える必要がなく、鳶頭の仕草や衣裳、清元の音楽を気軽に楽しめます。
狐拳や引き物尽くしの意味を少し知っておくと、より楽しめます。

芸者が主役の『お祭り』もありますか?

あります。
女方が芸者姿で出る演出もあり、2022年1月の大阪松竹座では坂東玉三郎が芸者を勤めました。
鳶頭と芸者がともに出る形もあります。

歌舞伎が初めての方へ

歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ|『お祭り』は江戸っ子の粋を味わう舞踊

歌舞伎『お祭り』は、山王祭の賑わいの中で、鳶頭の恋や遊び、威勢のいい振る舞いを楽しむ清元の舞踊です。
「待ってました!」と「待っていたとはありがてぇ」の掛け合いも、この作品ならではの楽しみです。

観劇するときは、鳶頭の仕草や衣裳、清元の調子の変化に注目してみてください。
どんな瞬間に江戸っ子らしい余裕を感じるのかを、自分で見つけるところにも、舞踊を観る面白さがあります。

※衣裳・振付・構成は、公演によって異なる場合があります。

資料確認日:2026年11月2日。
衣裳・振付・構成は、公演によって異なる場合があります。

舞踊のみどころをもっと深く

舞踊は筋よりも「型」や表情、足さばきに見どころが集まります。
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