初帆上成駒宝船とは?読み方・意味・出演者を解説|八代目中村芝翫襲名披露を彩った兄弟舞踊【2016年歌舞伎座】

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初帆上成駒宝船とは?

「初帆上成駒宝船(はつほあげ なりこまたからぶね)」という演目名を見て、読み方すらわからなかったという方も多いのではないでしょうか。
2016年、歌舞伎座を沸かせた八代目中村芝翫襲名披露興行の幕開けを飾った、三兄弟による新作舞踊です。

この記事では、読み方や作品が生まれた背景、出演した三兄弟のその後まで、初心者にもわかりやすく解説します。
タイトルだけを見て検索してきた方にも、その背景まで理解していただけるようまとめました。

目次

「初帆上成駒宝船」とは?読み方と作品概要

「初帆上成駒宝船」は「はつほあげ なりこまたからぶね」と読みます。
2016年10月2日、歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」の幕開きとして披露された新作舞踊です。
普段の演目一覧ではなかなか見かけない、長く独特な演目名だといえるでしょう。

タイトルの「初帆上」は船が初めて帆を上げて出港する様子を、「成駒」は屋号「成駒屋」を、「宝船」は七福神が乗るとされる縁起物の船を指します。
船出という比喩を通して、三人兄弟が新しい名前とともに歌舞伎役者としての人生を歩み出す様子を、祝祭的に描いた作品です。
タイトル一つを取っても、成駒屋への言葉遊びと祝福の気持ちが込められていることがわかります。

どんな内容?兄弟三人の新しい門出を描いた新作舞踊

この演目は、古典的な物語を持つ演目ではありません。
船出と兄弟三人の新しい出発をテーマにした、華やかで祝祭的な踊りとして構成されています。

初日となった2016年10月2日、昼の部の幕が開くと、舞台の「せり」(床下から役者がせり上がって登場する仕掛け)を使って、新橋之助・新福之助・新歌之助の三人が姿を現しました。
三人の姿が現れた瞬間、客席からは襲名を祝う大きな拍手が起こったと伝えられています。
まさに、襲名披露興行の幕開けにふさわしい、晴れやかな一幕でした。

なぜ襲名披露の幕開きは祝祭的な舞踊なのか

歌舞伎の襲名披露興行では、その日一番最初に上演される演目(幕開き狂言)に、めでたい席にふさわしい舞踊や様式的な演目が選ばれることが多くあります。
物語性の強い演目でいきなり観客の感情を揺さぶるのではなく、まずは華やかな舞踊で場を晴れやかに整え、その後に控える口上や大作へとつなげていく——これは古くから続く歌舞伎興行の知恵のひとつです。

「初帆上成駒宝船」も、まさにこの役割を担った演目でした。
宝船という縁起物のモチーフ、そして三兄弟の初々しい登場そのものが、この日一日の興行、ひいては二ヶ月にわたる襲名披露興行全体の「幕開き」にふさわしい祝祭性を持っていたのです。
初めて歌舞伎を観る人にとっても、こうした幕開きの舞踊は、物語の予備知識がなくても素直に楽しめる入り口になります。

誕生の背景|現代美術家・山口晃の詞書きから生まれた作品

「初帆上成駒宝船」が生まれた経緯もユニークです。
もともとは、現代美術家・山口晃が襲名披露にあたって贈られた扇子に詞書き(ことばがき)をしたためたことがきっかけでした。

その詞書きが長唄として作曲され、さらに成駒屋ゆかりの詞章が加えられて、一つの舞踊作品として構成されていきました。
現代美術家の言葉が歌舞伎の新作舞踊として結実するという、伝統と現代美術が交わる珍しい制作過程を経て誕生した演目といえます。

山口晃は、緻密な描写と独特のユーモアを持つ画風で知られ、歌舞伎や合戦絵などの伝統的なモチーフを現代的な視点で描き直す作品を数多く手がけてきた作家です。
そうした作家が寄せた言葉をもとに新作舞踊が生まれたことは、伝統芸能である歌舞伎が、現代のアーティストとの協働によって新しい表現を生み出し続けていることを象徴する出来事でもありました。

「芝翫」という名跡の重み|成駒屋の歴史

この舞踊が誕生した背景を理解するには、「芝翫」という名跡がどれほど重い名前かを知っておくと、感慨もひとしおです。

屋号「成駒屋」は、四代目中村歌右衛門が四代目市川團十郎から将棋の「成駒」柄の着物を贈られたことをきっかけに、それまでの屋号「加賀屋」から改めたのが始まりと伝えられています。
「芝翫」という名前自体も、三代目中村歌右衛門の俳名(俳句を詠む際の雅号)に由来する、成駒屋にとって特別な名跡です。

歴代の芝翫の多くは、最終的に成駒屋の頂点である「歌右衛門」を襲名するための、いわば前段階の名前として使われてきました。
しかし七代目だけは生涯この名で通し、人間国宝にも認定されています。

八代目となる中村橋之助の父・七代目中村芝翫は2011年に亡くなっており、息子が名を継ぐまでには5年の歳月が流れました。
亡き父から受け継いだ名跡を背負い、自らの息子三人とともに新しい一歩を踏み出す——「初帆上成駒宝船」というタイトルに込められた「船出」の意味が、より深く伝わってくるのではないでしょうか。

出演者|四代目橋之助・三代目福之助・四代目歌之助の三兄弟

襲名前の名前襲名後の名前
中村国生(長男)四代目中村橋之助
中村宗生(次男)三代目中村福之助
中村宜生(三男)四代目中村歌之助

三兄弟の父は、この興行で八代目中村芝翫を襲名しました。
父・芝翫の襲名にあわせて、三人の息子たちも同時に名前を改め、親子四人が同じ興行で新しい名跡を披露するという、歌舞伎界でも珍しい「親子4名同時襲名」が実現しました。

三兄弟はそれぞれ個性の異なる役者として知られています。
長男の四代目橋之助(1995年12月26日生まれ、本名・中村国生)は、『熊谷陣屋』や『仮名手本忠臣蔵』の由良之助のような、男臭く大きな立役を目指すと語っており、精悍な舞台姿が魅力です。

次男の三代目福之助(1997年11月13日生まれ、本名・中村宗生)は、市川猿之助や坂東玉三郎の舞台に起用される機会も多く、近年は花形歌舞伎でも活躍の場を広げています。
大学進学後に本格的に舞台の道へ進み、多くの先輩役者から刺激を受けてきたといいます。
三男の四代目歌之助は三兄弟の末っ子で、時代物・世話物の両方を学びながら、十八代目中村勘三郎が力を入れていた「コクーン歌舞伎」や「平成中村座」のような、既存の枠にとらわれない舞台の戦力になることを目標に掲げています。

上演の記録|2016年 歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」襲名披露興行

八代目中村芝翫襲名披露興行は、歌舞伎座で2ヶ月にわたって行われました。

  • 2016年10月2日〜26日:「芸術祭十月大歌舞伎」昼の部(「初帆上成駒宝船」で幕開き)
  • 2016年11月1日〜25日:「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部

襲名披露興行では、この新作舞踊のほかにも「極付幡随長兵衛」「熊谷陣屋」「盛綱陣屋」といった古典の大作に加え、連獅子を襲名披露用に演出した「祝勢揃壽連獅子」、江戸の火消しを描く「加賀鳶」、そして三兄弟が一堂に会する所作事「芝翫奴」など、新旧さまざまな演目が並びました。

「芝翫奴」は、主人のお供をする奴(やっこ)を主役にした古典舞踊「供奴」を、八代目芝翫の襲名にちなんで新たに演出した一幕と考えられます。
軽快な足拍子と、主人の格好良さを真似て得意げに踊る奴の様子が魅力の演目で、こちらも兄弟にゆかりの深い一幕として披露されました。

あわせて上演された古典の大作も、いずれも成駒屋・八代目芝翫にゆかりの深い演目ばかりです。
「極付幡随長兵衛」は江戸の町奴の頭領が武家に立ち向かう男伊達の物語、「熊谷陣屋」は我が子を犠牲にする武将の苦悩を描く時代物の大曲、「盛綱陣屋」も敵味方に分かれた兄弟の悲劇を描く名作として知られています。
新作の祝祭舞踊と、こうした古典の大役をあわせて務めることで、八代目芝翫という名跡にふさわしい重厚な興行に仕上がりました。

口上で語られた言葉|八代目中村芝翫と息子たちの誓い

襲名披露興行では、役者が観客に向けて挨拶を述べる「口上」も大きな見どころのひとつです。
八代目中村芝翫は「先祖の名を汚さぬよう、なお一層芸道に精進する心得でございます」と述べ、伝統ある名跡を継ぐ覚悟を語りました。

三人の息子たちもまた、連名でお互いを支え合い、芸道に精進していくことを誓う言葉を述べています。
「初帆上成駒宝船」で描かれた船出のテーマは、この口上での誓いとも重なり合う、親子・兄弟の絆を印象づける襲名披露となりました。

歌舞伎界初「親子4名同時襲名」、テーマパークでもお祝い

今回の襲名は、父・八代目中村芝翫と息子三人が同じ興行で同時に名前を改めるという、歌舞伎界でも例のない「親子4名同時襲名」でした。
この祝賀ムードは劇場の中だけにとどまりませんでした。

2016年12月8日には、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンで開催15周年記念パレードの一環として、特別パレード「襲名披露リ・ボーン・パレード」が実施され、テーマパークという意外な舞台でも襲名がお祝いされました。
八代目芝翫の妻で女優の三田寛子は「ゲストと一緒に心が一つとなってお祝いできたことが本当にありがたいです」とコメントを寄せています。
歌舞伎の伝統的な「お練り」の文化が、テーマパークという現代的な舞台と結びついた、異色のお祝いとなりました。

その後の三兄弟

襲名から10年近くが経った今、三兄弟はそれぞれ若手・中堅の歌舞伎役者として活躍を続けています。
2023年には、四代目橋之助・三代目福之助の兄弟が浅草公会堂で自主公演「神谷町小歌舞伎」を開催するなど、襲名披露にとどまらない意欲的な活動も見せています。

2026年には四代目橋之助が結婚を発表するなど、私生活でも新たな一章を迎えており、今後の活躍にも期待が寄せられています。

「初帆上成駒宝船」でせり上がりとともに初々しく登場した三人が、今では歌舞伎座の看板を張るまでに成長した姿を見ると、あらためてこの舞踊に込められた「船出」の意味を実感させられます。
三兄弟の今後の共演にも、ぜひ注目してみてください。

まとめ|襲名披露の幕開けを彩った船出の舞踊

  • 「初帆上成駒宝船」は「はつほあげ なりこまたからぶね」と読む、2016年の新作舞踊
  • 八代目中村芝翫襲名披露興行の昼の部の幕開きとして披露された
  • 現代美術家・山口晃の詞書きをもとに、長唄として作曲された珍しい成り立ちを持つ
  • 四代目橋之助・三代目福之助・四代目歌之助の三兄弟が、せり上がりで登場
  • 父・八代目芝翫を含む「親子4名同時襲名」という珍しい披露興行だった

船出という祝祭的なモチーフに込められた、三兄弟の新しい門出への想い。
襲名披露という一期一会の舞台だからこそ生まれた作品として、多くの観客の記憶に残る一幕となりました。
再演の予定がない演目だからこそ、こうした記録を通して、当時の熱気に触れてみてはいかがでしょうか。

よくある質問(FAQ)

「初帆上成駒宝船」はどう読みますか?

「はつほあげ なりこまたからぶね」と読みます。
船が初めて帆を上げて出港する様子と、成駒屋の屋号、縁起物の宝船を組み合わせたタイトルです。

古典の演目ですか?

いいえ、古典演目ではありません。
2016年の八代目中村芝翫襲名披露のために作られた新作舞踊で、この興行の幕開けとして披露されました。
特定の襲名を祝うために作られた一回性の高い作品である点が、代々受け継がれてきた古典演目とは大きく異なります。

誰が出演したのですか?

八代目中村芝翫の三人の息子である、四代目中村橋之助・三代目中村福之助・四代目中村歌之助が出演しました。
3人は舞台の「せり」を使って登場し、客席から大きな拍手を浴びました。

なぜ現代美術家が関わっているのですか?

襲名披露にあたって現代美術家の山口晃が扇子に詞書きをしたためたことがきっかけで、その言葉が長唄として作曲され、成駒屋ゆかりの詞章が加えられて一つの舞踊作品になったためです。

「成駒屋」とはどういう意味ですか?

成駒屋は中村歌右衛門・中村芝翫の系統が名乗る屋号です。
四代目中村歌右衛門が四代目市川團十郎から将棋の「成駒」柄の着物を贈られたことをきっかけに、それまでの屋号「加賀屋」から改めたのが由来と伝えられています。

今後、また上演されることはありますか?

この演目は特定の襲名披露のために作られた一回性の高い作品のため、通常の演目のように定期的に再演されるものではありません。
2026年7月時点で、再演の情報は確認されていません。

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