現在は四代目市川猿之助として知られる歌舞伎俳優が、二代目市川亀治郎を名乗っていた時代に続けていた自主公演があります。
それが「亀治郎の会」です。
第一回が開かれたのは2002年。
京都の春秋座で始まった個人公演は、東京の国立劇場小劇場へ、さらに大劇場へと舞台を広げ、2012年の第十回まで続きました。
その間、亀治郎は歌舞伎を代表する女方の大役や舞踊、立役など、幅広い演目に取り組んでいます。
そして2012年6月、二代目市川亀治郎から四代目市川猿之助を襲名。
同年8月の第十回は「亀治郎の会 さよなら公演」として開催されました。
京都の劇場から始まり、国立劇場大劇場に至った全10回。
その歩みは、亀治郎から猿之助へと進む10年間の成長の軌跡として位置づけられることが多く、「亀治郎の会」が単なる自主公演のシリーズにとどまらなかったことが見えてきます。
「亀治郎の会」とは?市川猿之助が自主的に続けた挑戦の場
「亀治郎の会」は、当時の市川亀治郎が自主的に立ち上げた個人公演です。
2002年から2012年までに全10回が開かれました。
歌舞伎美人の記事などでは、亀治郎にとって「挑戦と実験と創造の場」と紹介されています。
公演では、さまざまな役や演目に向き合いました。
歌舞伎評論家の長谷部浩氏は、「亀治郎の会」を四代目猿之助、当時の亀治郎が自費を投じて長年続けていた公演と説明しています。
また、一連の上演記録から「この歌舞伎役者の意欲と方向性を読み取ることが出来る」「本来、猿之助はこんな役者へと進んで行きたかったのだとよくわかる」と評しました。
二代目市川亀治郎は、四代目市川段四郎を父に持ち、1983年、歌舞伎座『御目見得太功記』で初舞台を踏みました。
伯父は、三代目市川猿之助として活躍した二代目市川猿翁です。
伯父の長男にあたる従兄が、俳優の香川照之こと九代目市川中車となります。

澤瀉屋の一員として歩んできた亀治郎は、2003年7月公演を最後に、父・段四郎とともに猿之助一座を離れました。
「亀治郎の会」の第一回はその前年に始まっており、以後も毎年または間を置きながら開催されています。
家の芸だけに範囲を限定せず、歌舞伎を代表する大役へと手を伸ばしたこと。
そして、小さく始めた公演を10年にわたって続けたこと。
この二つが、「亀治郎の会」を理解するうえで重要なポイントです。
なお、亀治郎の自主公演に出演した経験がきっかけとなり、自身も2009年から自主公演を始めた役者もいます。
詳しくは尾上松也の自主公演「挑む」とはをご覧ください。
京都・春秋座から始まった第一回(2002年)
第一回「亀治郎の会」は、2002年8月2日から5日まで、京都・春秋座(京都芸術劇場)で開催されました。
演目は『摂州合邦辻』と『春興鏡獅子』です。
亀治郎は『摂州合邦辻』の玉手御前、『春興鏡獅子』の小姓弥生、のちに獅子の精を勤めました。
玉手御前は義太夫狂言の大役であり、『春興鏡獅子』では小姓弥生から獅子の精へと変化します。
長谷部浩氏は、この二つを取り上げた第一回について「意欲的な演目であった」と評しています。
後年の大劇場公演から振り返れば、京都での出発は規模の小さなものでした。
一方、長谷部氏の「意欲的な演目」という評に沿えば、第一回で選ばれた課題は決して軽いものではなかったと捉えられます。
芝居と舞踊の双方に取り組む番組からは、自主公演を自身の芸を試す場にしようとする方向性を読み取ることもできるでしょう。
また、第一回の翌年以降も京都・春秋座で開催されたことから、この劇場は「亀治郎の会」の原点といえます。
第二回では『藤娘』『猩々』『隅田川』、第三回では『一条大蔵譚』『鷺娘』を上演。
長谷部氏によれば、第三回の『一條大蔵譚』では、当時存命だった又五郎に指導を仰いだといいます。
京都で積み重ねた最初の3回を経て、会はやがて東京へ進出します。
開催地と劇場規模の変化から、亀治郎の挑戦が段階的に広がっていったと捉えることもできるでしょう。
全10回の歩み|京都から国立劇場、小劇場から大劇場へ
「亀治郎の会」は、2002年から2012年までに全10回開催されました。
最初の3回は京都・春秋座、第四回からは東京の国立劇場へ移っています。
全公演の演目と会場は次の通りです。
| 回 | 演目 | 開催年月・会場 |
|---|---|---|
| 第一回 | 『摂州合邦辻』玉手御前、『春興鏡獅子』小姓弥生のちに獅子の精 | 2002年8月2日〜5日、京都・春秋座(京都芸術劇場) |
| 第二回 | 『藤娘』『猩々』『隅田川』 | 2003年8月、京都春秋座 |
| 第三回 | 『一条大蔵譚』『鷺娘』 | 2004年8月、京都春秋座 |
| 第四回 | 『神霊矢口渡』『船弁慶』 | 2005年8月、国立劇場・小劇場(東京に会場を移す) |
| 第五回 | 『奥州安達ケ原』(袖萩と貞任の二役)、『天下傾城』 | 2006年8月、国立劇場・小劇場 |
| 第六回 | 『平家女護島・俊寛』俊寛僧都、『京鹿子娘道成寺』白拍子花子 | 2008年8月、国立劇場・大劇場(大劇場に会場を移す。2007年は開催なし) |
| 第七回 | 『お夏狂乱』お夏、『身替座禅』右京、『忍夜恋曲者・将門』滝夜叉(当日お楽しみとして発表) | 2009年8月、国立劇場・小劇場(一時的に小劇場へ戻る) |
| 第八回 | 『義経千本桜・川連法眼館』、『上州土産百両首』 | 2010年8月18日〜22日、国立劇場・大劇場 |
| 第九回 | 『芦屋道満大内鑑〜葛の葉〜』(雀右衛門のやりかたを移した)、『博奕十王』(三代目猿之助作) | 2011年8月19日〜21日、国立劇場・大劇場 |
| 第十回 | 『栴檀女道行(せんだんじょみちゆき)』、澤瀉十種の内『檜垣』『連獅子』 | 2012年8月16日〜20日、国立劇場・大劇場(「大感謝祭!亀治郎の会 さよなら公演」として開催) |
第四回の2005年、公演は京都から東京へ移り、国立劇場小劇場で『神霊矢口渡』『船弁慶』が上演されました。
続く第五回では、『奥州安達ケ原』で袖萩と貞任の二役を勤めています。
2007年は開催されず、第六回は2008年8月に国立劇場大劇場で実施されました。
演目は『平家女護島・俊寛』と『京鹿子娘道成寺』。
亀治郎は俊寛僧都と白拍子花子の両役を一つの公演で勤めました。
第七回では一時的に小劇場へ戻ります。
この回の『忍夜恋曲者・将門』は、当日のお楽しみとして発表された演目です。
第八回から第十回までは、再び国立劇場大劇場で開催されました。
春秋座から国立劇場小劇場へ、そして大劇場へ。
この会場の変遷は、10年間の歩みをわかりやすく示しています。
同時に、上演演目を見ると、女方の大役や舞踊だけでなく、俊寛僧都、右京などの立役、二役を勤める演目まで課題が広がっていったことがわかります。
演目に見える、女方の大役への挑戦
「亀治郎の会」の演目を通して目を引くのが、女方の大役と舞踊への継続的な取り組みです。
第一回には玉手御前と小姓弥生、第二回には『藤娘』と『隅田川』、第三回には『鷺娘』が並びます。
第五回では『奥州安達ケ原』の袖萩と貞任を二役で勤め、第六回では『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子に挑みました。
さらに第七回の『お夏狂乱』ではお夏、『忍夜恋曲者・将門』では滝夜叉、第九回の『芦屋道満大内鑑〜葛の葉〜』では葛の葉の物語を取り上げています。
長谷部浩氏は、この演目の変遷について、澤瀉屋の狂言にはさほどこだわらず、歌舞伎を代表する女形の大きな役を、舞踊を含めて手がけようとする強い意志が感じられると分析しています。
もちろん、全10回を女方だけで語ることはできません。
第三回には『一条大蔵譚』、第六回には俊寛僧都、第七回には『身替座禅』の右京があり、第八回では『義経千本桜・川連法眼館』『上州土産百両首』が上演されました。
第九回には、三代目猿之助作の『博奕十王』も選ばれています。
長谷部氏の見解に沿えば、玉手御前から始まり、舞踊を繰り返し取り上げながら葛の葉や滝夜叉へと進んだ流れには、女方としての芸を深めようとした方向性が表れていると捉えられます。
それは同氏のいう、亀治郎が「こんな役者へと進んで行きたかった」という姿を読み解く手がかりにもなるでしょう。
一方、第八回以降の演目には、自主公演の枠を越えて本興行へつながったものもあります。
長谷部氏は、第八回以降に演じられた『義経千本桜』の吉野山・川連法眼館と『上州土産百両首』について、その後の本興行につながったと述べています。
『義経千本桜』は澤瀉屋の型で取り組まれ、2011年5月の明治座では「四の切」が上演されました。
さらに2012年6月の猿之助襲名披露でも上演されています。
会で取り組んだ演目が後の本興行へつながったことは、長谷部氏が指摘している事実です。
その経緯を踏まえれば、「亀治郎の会」を実践的な挑戦の場と評価することもできるでしょう。
演目を一度上演して終えるのではなく、その経験が次の舞台へ続いていったことは、10年間続けられた会の意義の一つと捉えることができます。
第十回「さよなら公演」と、猿之助襲名
2012年6月、二代目市川亀治郎は、新橋演舞場で行われた初代市川猿翁・三代市川段四郎50回忌追善興行において、四代目市川猿之助を襲名しました。
それから約2か月後の8月16日から20日まで、国立劇場大劇場で第十回「亀治郎の会」が開かれます。
この公演は「大感謝祭!亀治郎の会 さよなら公演」と銘打たれ、『栴檀女道行(せんだんじょみちゆき)』、澤瀉十種の内『檜垣』『連獅子』が上演されました。

長谷部浩氏が紹介した第十回の筋書冒頭のあいさつで、猿之助本人は10年間を次のように振り返っています。
「当初『十年続けると』声高に宣言してはいましたが、正直、これという明確なヴィジョンがあったわけではありませんでした。第一、先を考える余裕なんてありません。ただ目の前のことを必死でこなすのが精一杯でした。しかし、ふと気がつけば、いつの間にか十年もの歳月が流れていました」
最初から10年間の完成図があったわけではなく、目の前のことを必死でこなすうちに歳月が流れていた――本人の言葉は、「亀治郎の会」の歩みを端的に伝えています。
第一回の玉手御前と『春興鏡獅子』から、第十回の『栴檀女道行』『檜垣』『連獅子』まで。
公演は京都・春秋座から国立劇場へ移り、国立劇場でも小劇場から大劇場へと規模を広げました。
その途中には、会での上演から本興行へ発展した演目もあります。
2012年の四代目猿之助襲名を迎えた年、「亀治郎の会」は「さよなら公演」として幕を閉じました。
終了の理由について公式に明言された事実は確認できませんが、全10回の記録は、二代目市川亀治郎という名で重ねた挑戦を今日に伝えています。
よくある質問(FAQ)
- 「亀治郎の会」はいつからいつまで開催されましたか?
-
2002年から2012年まで、全10回開催されました。
第一回は2002年8月2日〜5日の京都・春秋座、第十回は2012年8月16日〜20日の国立劇場大劇場です。
2007年には開催されていません。 - なぜ「亀治郎の会」という自主公演を始めたのですか?
-
確認できる資料では、亀治郎本人による明確な開始理由は示されていません。
一方、この会は亀治郎が自主的に立ち上げた個人公演であり、「挑戦と実験と創造の場」と紹介されています。
第十回のあいさつでは、本人が、当初から明確なビジョンを持っていたわけではなく、目の前のことを必死でこなすのが精いっぱいだったと振り返りました。 - 「亀治郎の会」は今も続いていますか?
-
全10回で終了しています。
2012年8月の第十回が「亀治郎の会 さよなら公演」として開催されました。
同年6月には、二代目市川亀治郎が四代目市川猿之助を襲名しています。
ただし、襲名したことを終了理由とする公式な説明は確認できないため、両者の因果関係を断定することはできません。 - 猿之助襲名後、亀治郎の会で演じた演目はどうなりましたか?
-
長谷部浩氏によると、第八回以降に取り組んだ『義経千本桜』の吉野山・川連法眼館や『上州土産百両首』は、後の本興行につながりました。
『義経千本桜』の「四の切」は2011年5月の明治座で上演され、2012年6月の猿之助襲名披露でも上演されています。 - 四代目市川猿之助と三代目市川猿之助の関係は?
-
四代目市川猿之助の伯父が、三代目市川猿之助、のちの二代目市川猿翁です。
三代目猿之助の長男が、俳優の香川照之としても知られる九代目市川中車にあたります。
詳しい人物関係は、二代目市川猿翁プロフィールと九代目市川中車プロフィールをご覧ください。
歌舞伎が初めての方へ
歌舞伎自体が初めてだと「どう観ればいいの?」と迷うこともあるかもしれません。
歌舞伎には独特の約束ごとや表現がありますが、基本を少し知っておくだけで、面白さがぐっと伝わりやすくなります。
歌舞伎とは?初心者向けにわかりやすく解説

まとめ|亀治郎の会が示した「成長の軌跡」
「亀治郎の会」は、二代目市川亀治郎が2002年に始め、2012年まで全10回続けた自主公演です。
京都・春秋座で始まった公演は、国立劇場小劇場へ、さらに大劇場へと舞台を広げました。
玉手御前、小姓弥生と獅子の精から始まり、女方の大役や舞踊、立役、二役を勤める演目などへ挑戦の幅も広がっています。
長谷部浩氏の評に従えば、その演目からは、澤瀉屋の狂言だけにこだわらず、歌舞伎を代表する女形の大役に取り組もうとした亀治郎の意志を読み取ることができます。
また、会で取り組んだ演目の一部は、後の本興行にもつながりました。
第十回が開かれた2012年、亀治郎は四代目市川猿之助を襲名しています。
小規模な自主公演から国立劇場大劇場まで歩みを進めた10年間は、亀治郎から猿之助へ至る成長の軌跡として位置づけられることが多いものです。
本人が振り返ったように、初めから明確な完成図があったわけではありません。
本人の言葉に即せば、先を考える余裕もなく、目の前のことを必死でこなすうちに、いつの間にか10年の歳月が流れていました。
「亀治郎の会」は、四代目市川猿之助の芸の歩みを考えるうえで、重要な公演シリーズといえるでしょう。
歌舞伎をもっと面白がるための三冊
用語やニュースをきっかけに「もう少し知りたい」と思ったときに手に取りやすいものを選びました。
読み物としても楽しめます。
[改訂新版]マンガで教養 やさしい歌舞伎鑑賞
歌舞伎の歴史や約束事、舞台の見方をマンガとイラストで解説した入門書です。
断片的に知っている知識がつながります。
歌舞伎の101演目 解剖図鑑
人気演目のあらすじや見どころを、豊富なイラストとともに紹介した一冊です。
名場面のイメージを絵でつかめます。
「歌舞伎職人」の舞台うら話
附け打ちや大道具、床山など、舞台を支える職人たちの仕事を紹介した一冊です。
裏方の視点を知ると劇場での見え方が広がります。
🎭 観劇のおともに【PR】
※本セクションには広告(Amazonアソシエイト)リンクを含みます。
- 観劇用オペラグラスをAmazonで探す — 3階席・幕見席なら必携。役者の表情や衣装の細部まで楽しめます
- 歌舞伎の入門書おすすめ5選を見る — あらすじや約束事を予習しておくと当日の楽しさが段違いです
- Amazonプライム(30日間無料体験) — お急ぎ便が使い放題、Prime VideoやPrime Readingもまとめて使えます
歌舞伎の入門書・解説本も読み放題対象多数。観劇前の予習に
映画・ドラマ・アニメが見放題。まずは30日間の無料体験から

